『元禄怪奇譚』 抜群の爽快感と安定感


4-Hour Impressionは、ゲーム開始後4時間段階での印象をお伝えするファーストインプレッション企画です。第9回は、7月10日にリリースされたVita『朧村正』追加コンテンツシリーズ『元禄怪奇譚』の第3弾『七夜祟妖魔忍伝』。価格は500円。

 


いつもの『朧村正』、いつもの『元禄怪奇譚』

 

本作をご存知でないかた向けに念のため解説します。『朧村正』は2009年Wii向けにリリースされ、その後2013年にVitaへと移植された2DアクションRPGです。開発元はヴァニラウェア。Vita版には4つのDLCが『元禄怪奇譚』シリーズとして予告されており、『七夜祟妖魔忍伝』は3つ目にあたります。

『朧村正』はヴァニラウェアらしさが2つありました。まず、ファンにはいわずもがななグラフィックス。これだけで「プレイするに値する」と多くのゲーマーに言わしめるであろう、有無を言わせぬ魅力です。そしてもうひとつが、"ユルさ"と、トラディショナルな2DACTらしいシビアさが混在した調整です。

本編『朧村正』にくらべ、『元禄怪奇譚』第1弾『津奈缶猫魔稿』と第2弾『大根義民一揆』をアクション難度が高めでした。とくに『大根義民一揆』はチュートリアルにあたる(はずの)最初の戦闘がすさまじい難しさで、「なにか大事なルールを忘れているのではないか?」と自問自答させられるほどでした。もちろんとくに忘れていたわけではなく、ただ殺しにかかってくるだけです(ただし敵は普通のカラス)。

さて、『七夜祟妖魔忍伝』はどうか。その答は至極単純、「いつもどおり」です。平常運行、絶対的な安定感、『朧村正』ファンの期待に応える……言葉にするとあたりまえですが、なかなかたやすくないことをきちんと実現しています。歯ごたえと理不尽さをはき違えたりもしていません。

 

『朧村正』ファンならば誰しもが知る、初戦の恐怖。 カラスよりはマシでした。が、筆者が上達していただけかもしれません。
『朧村正』ファンならば誰しもが知る、初戦の恐怖。

カラスよりはマシでした。が、筆者が上達していただけかもしれません。

 


『七夜祟妖魔忍伝』ならではの快感、飛び道具の悦楽

 

ゲーム自体は3匹のボス・4時間程度のプレイ時間の構成で、この点においてはこれまでの『元禄怪奇譚』と共通しています。しかし、『七夜祟妖魔忍伝』にはそれらと一線を画する要素がふくまれています。それは苦無(くない)、すなわち飛び道具。

ある高名な忍者が「百発当ててダメなら千発当てろ(要約)」とインストラクションしたことはニンジャファンの間でよく知られているエピソードです。狙ったのか偶然の一致か、本作にはまさにそれを地で行くゲームメカニクス・演出・爽快感があります。

アクションゲームでスピーディーな飛び道具といえば、すぐに弾切れになる・火力不足・じつは近接攻撃のほうが強い・意外にリーチが短い等の残念な"お約束"がつきものですが、『七夜祟妖魔忍伝』主人公「嵐丸」にそんなガッカリはありません。高速で数百発飛んでいく苦無はその物量ゆえに総合的火力は低くなく、近接攻撃(鎖鎌と爆薬)へのただのつなぎではない、『朧村正』らしい間断なき武器切り替えの一パーツとして確実に機能します。また、文句なしの飛距離とオートエイムで、画面外の敵に向かって乱射するだけで倒しきることすらできます。

追加コンテンツ『七夜祟妖魔忍伝』のアクションゲームとしての価値は、飛び道具すなわち苦無が不動の軸であり、ほかのすべてはそれにより強力にささえられています。

 

撃つ! 撃つ! 撃つ! 必殺のニンジャが止まらない!
撃つ! 撃つ! 撃つ!

必殺のニンジャが止まらない!

 


「ダメージ1」のバランス感

 

『七夜祟妖魔忍伝』の興味深い調整の1つが、主人公の単発火力の低さです。苦無と鎖鎌の威力は序盤では類を見ない豆鉄砲ぶりで、与ダメージはおおむね1。とにかく数をあてなければなりません。

これまでの『朧村正』にはなかった独特の攻撃触感を生み出す、この攻撃の"軽さ"。一撃の重さよりもとにかく手数。いかにも"古典"忍の者といった味わいがあります。

昨今のトレンドでは、忍者といえばどちらかというと近未来的なバトルスーツに身を包み一撃必殺の一閃を叩きこむものですが、嵐丸は昔ながらの忍者の魅力、「速さこそが力」の価値観を再興しています。忍者として『朧村正』として、新しく、また懐かしくもある触感です。

また、「ダメージ1」ゆえに、能力強化やバフの存在意義が強められています。とくに序盤はすこし苦無を強化たうえで料理(白菜鍋)を食べるだけで苦無ゴリ押しが可能になるほどです。しかし大味なバランスというわけではありません。ゲーム全体を俯瞰してきちんと資金や経験値を配分する必要があり、この点の繊細さも光ります。

 

全部与ダメ1でも問題なし。数で押す。
全部与ダメ1でも問題なし。数で押す。

 


物語と絵も安定

 

ヴァニラウェア作品について、映像面でいまさらなにかを語る必要はないでしょう。躍動感に満ちあふれ、なかば狂気すら感じるアニメーションの数々は『朧村正』をすべてプレイしてきた筆者もいまだ目を見張ります。たしかに新規に描き起こされているキャラクターはこれまでのDLCどおりさほど多くはない(メインキャラとボスでほぼすべて、ザコは使い回し)のですが、それでも充分すぎます。

ストーリーテリングについても、本編はもちろんDLC第1・2弾におとるところはありません。すべては好みの問題です。これは裏を返せば「さまざまな好みに対応してきている」ということでもあります。抜け忍がひょんなことから白蛇の神に死の呪いをかけられ、しかし「7日後に死ぬ」という呪いゆえに7日間活かすべく守護される……このプロットだけでも惹かれるゲーマーはすくなくないでしょう。

ゲーム良し、絵良し、話良し。『七夜祟妖魔忍伝』は苦無という新機軸を持ちこみつつも、抜群の安定感を感じさせてくれます。

 

この台詞回し。尋常ではありません。 一度でいいから言ってみたい、「意趣晴らしに死んでくれ」。
この台詞回し。尋常ではありません。

一度でいいから言ってみたい、「意趣晴らしに死んでくれ」。

 


文句のつけようがない

 

本作は、『朧村正』として、2DアクションRPGとして、じつに隙のない内容になっています。古きを温めつつも新しく、シリーズファンならばまず間違いなく納得できるであろう出来栄えです。無理矢理欠点をあげるとするならば、隙がなさすぎてつまらない、くらいでしょうか。

500円できっちり4時間遊べる作品として良し、やりこむ余地もあり。『七夜祟妖魔忍伝』は視野狭窄に陥ったような礼賛でむかえられるべきものではありません。とにかく万難を排した楽しさで構築された、『朧村正』ファンへの堅実なコンテンツです。DLC関連でマストというものがあるとするならば、それはたとえば本作のような内容であるべきでしょう。

やたらガードの固いサムライに百発の飛び道具の雨を浴びせたあと、鎖鎌と爆薬で襲いかかる忍者。それは新鮮でありつつも古めかしい誠実さでできていました。トレイラーこそ奇抜な見せ方をしていましたが、その本質はこの上ない質実剛健にあります。