『スプラトゥーン』はイカにして成功したのか。その歴史と秘密を徹底究明、岩田前社長の意志を受け継いだ魂の作品

[Update: 2015年12月31日 20:25]
記事初版にて「E3の映像では敵を倒すとポイントが頭上に表示され、敵を倒すことがポイントの一部になる仕様だったと考えられる」と掲載しておりましたが、のちに開発者が「E3時の映像で敵を倒して表示されたポイントは、あくまで敵を倒した際塗った陣地のポイント」であったと述べていました。誤った情報を伝えたことを、深くお詫び申し上げます。


 

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今からちょうど1年前、『スプラトゥーン』という言葉を知っているのは一部のゲームファンだけだっただろう。フィールドをインクで塗りまわり、イカになって塗られた場所を移動するゲームが、名だたるFPS作品を押しのけ権威のあるThe Game Awardsで国内ゲームとして初の「ベストシューター賞」を受賞すると誰が想像できただろうか?そして、シューターという日本市場でヒットが難しいジャンル、かつWiiUという比較的に普及に苦しんでいるハードの新規タイトルで、100万本を売り上げると予想できた者がいただろうか?異例につぐ異例の偉業を数々達成した『スプラトゥーン』の登場には誰もが衝撃を受けたに違いない。発売され7か月が経った今でもその人気は衰えを見せていない

一年の終わりが近い今、『スプラトゥーン』が2015年になぜこれほどまでの成功をおさめることができたのか、歴史を振り返りつつ改めてその人気の秘密に迫りたい。

 

ヒットまでの歴史

スプラトゥーンが初めて人々の前に姿を現したのはE3のNintendo Digital Eventだった。当時の任天堂はE3内のプレゼンテーションとは別にNintendo Digital Eventという独自の形式のカンファレンスを行っていた。『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズや『ゼルダの伝説』シリーズといった看板タイトルの発表が続くなか、突如飛び散ったインクの中からイカが現れ、泳ぎ始める映像が流れた。

近年では規模の大きい新規タイトルの開発があまりなかった(のちの「社長が訊く」では『ピクミン』以来14年ぶりに生まれたキャラクターだと述べられている)任天堂が、全く新たなタイトルを出すということで好意的な反応を示す人が多かった。しかし、オンラインシューターというジャンルはバランス調整が非常に難しいこと、任天堂がそのジャンルのゲームをあまり開発してこなかったことを踏まえて、過度な期待を寄せることに慎重になったファンもいただろう。このお披露目の後も、公式Twitterアカウントや任天堂の配信番組Nintendo Directで定期的に新情報が提供されたものの、『スプラトゥーン』はしばらく期待作でありながら未知数な作品でもあるという認識をされながら、発売までの長い時間を過ごした。

“未知数”である『スプラトゥーン』に対してユーザーが熱を高めていったのは発売直前だった。『スプラトゥーン』は「ニコニコ闘会議」などでも体験会を行っていたが、任天堂はさらに大きな規模の体験会を計画。5月9日と10日に完成披露試射会という名の独自のオンライン体験会を実施した。9日の12時、20時、10日の早朝4時から1時間にわたって『スプラトゥーン』内の2ステージと4つの武器を遊べるイベントとして行われ、1時間という短い時間でありながらも好評を博す。この反響にこたえ任天堂は完成披露試射会のアンコールを5月29日に行ったが、あまりの人気からサーバーがダウンし終了時間を1時間延長するハプニングも生まれている。完成披露試射会は多くの口コミを呼び、この時からユーザーの『スプラトゥーン』に対する“未知数”であるという評価が変わりつつあった。

完成披露試射会の熱を帯びたまま『スプラトゥーン』発売日である5月28日を迎える。そして発売前からの勢いをそのままに売り切れが続出。週販ランキングでも1位をかざった。その後もユーザーからの高い評価を受けて売り上げを伸ばし、100万本にまで達するほどの好調さを保ち続けている。日本ほどの勢いではないが海外でも堅調な売上を記録しており、『スプラトゥーン』の人気はグローバルに浸透していった。

 

試行錯誤のすえの誕生

『スプラトゥーン』の開発の過程にはさまざまなエピソードがあったようだ。このプロジェクトを立ち上げる以前、開発者たちはそれぞれWiiUのローンチに携わっていた。各自の開発が一段落したころ、『マリオ』でも『ゼルダ』でもない全く新しいゲームを作ろうと集まったのだという。ただここで開発者がこだわっていたのは「新しいキャラクター」を作るということよりも「新しい構造のゲーム」を作ることだった。ゼロからゲームを制作するということで、約半年をかけて全員でアイデアを練り、最終的にひとつに絞られた。それがプログラムディレクターの佐藤慎太郎氏が試作した「白と黒の豆腐がインクを撃ち合って陣地を取り合う」というゲームだったのだと「社長が訊く」で明かされている。このときすでに『スプラトゥーン』の元になる構造自体はできていたようだ。しかしここで問題になったのがキャラクターだった。試作の豆腐ではキャラクターとして成り立たないということで、ヒト型のキャラクターへと置き換えられた。これならば新しいキャラクターを作ることも、マリオたちに陣取りをさせることもできる。過去に実際に『マリオサンシャイン』ではマリオがポンプで水を発射していたが、開発者たちはそのことをすっかり忘れていたようで『マリオサンシャイン』からアイデアを得たわけではないことも明かされている。

ところがキャラクターをヒト型にすることにも問題が見つかってしまったようだ。豆腐であった時代、WiiUゲームパッドに映し出されるマップ上では自分のインクの上にいると敵から姿を隠すことができていた。しかしヒト型にすることで自分の色のインク上であっても“うっすら”と浮かび上がってしまうようになったという。このゲームにおいて「隠れる」という動作はあらゆる立ち回りの肝となっている。そのため完全に見えなくなることと“うっすら”見えることの違いは大きな問題となった。そこで開発者たちはキャラクターをヒト型からウサギへと変えることにした。ウサギであればもともと白いためインクを塗られたことがわかりやすく、耳があるのでアクションとして映えることに加え、豆腐と違い前後の区別もつきやすい。キャラクターとしてもデザインしやすい動物だろう。

ユーザーにはおなじみの「シオカラーズ」も紆余曲折を経て生まれたようだ。
ユーザーにはおなじみの「シオカラーズ」も紆余曲折を経て生まれたようだ。

しかし彼らはこの「ウサギ」にも納得していなかったと明かされている。そこでプロデューサーの野上恒氏は問題の手がかりを得るために「ウサギがインクを撃ち合い、陣地を取り合うゲーム」の社内プロモーションを始めたという。ほかの社員に実際ゲームをプレイしてもらい、その感想を求めるというものだ。そこで開発者たちが直面したのは「どうしてウサギなのか」という問題であった。ウサギがインクを塗るということに対し誰一人合理的な説明ができず、ゲームの開発はまたしても行き詰ってしまう。そんな事態を打開したのが「インク生命体とヒューマン体を切り替えられるようにしてはどうか」というアイデアだった。それ以前にもイカという案は存在していたがデザインが難しく採用にはいたっていなかったのだという。そんな中この2つのキャラクターを切り替えるという案によって、インクを吐くことに違和感がないこともありイカが採用された。こうしたプロセスを経て『スプラトゥーン』の現在の形が確立されたようだ。

このように、開発時には「イカ」というデザインを定めるために二転三転あったようだ。そのベースが決まってからはスムーズに進んだとも述べているが、今でこそ当たり前のように認知されるイカは、苦心のすえに生まれた産物であったようだ。

 

イカにしてスプラトゥーンは人気タイトルとなったのか

“つい遊んでみたくなる”シンプルさ

『スプラトゥーン』の人気の秘訣に、そのルールのシンプルさがよくあげられる。メインのバトル形式はナワバリバトルと呼ばれ、4vs4のチーム戦で行われる。それぞれのチームが各々の色のインクを塗りあいフィールド上でナワバリを広げ、3分後にどちらのナワバリが広いかで勝敗が決まる。このシンプルかつわかりやすいゲームデザインこそが幅広い人々に『スプラトゥーン』が受け入れられ、楽しまれた要因と言えよう。「社長が訊く」において野上氏が「中学生や小学生の高学年のような若い人たちにも、このゲームを遊んでほしいんですけど、家で遊んでいる姿を、後ろから見ているお母さんが自分でも遊びたくなっちゃうんじゃないか」と考えたとコメントしているように、見ているだけで遊び方を理解することができ、実際にプレイしたくなるような効果をもたらしている点でも、ゲームシステムのシンプルさは『スプラトゥーン』が人気タイトルとなった大きなポイントであると言える。

それに加え、『スプラトゥーン』では敵を倒さずにフィールドを塗っているだけでもチームに貢献できる。ナワバリバトルでは塗った面積の広さによってチーム内での順位が決まるのだ。もちろん順位が低くても大いに貢献している場合もあるが、敵を倒すことのできない初心者が黙々とナワバリを広げているだけで貢献したという達成感を得られるのはゲームを楽しむ上で重要なことであろう。さらに、初めのうちは使えるブキも限られているので、いろいろな場所を塗りつつブキに慣れていくことができる。限られたブキでプレイするうち、自然と立ち回りも身につくことだろう。また、塗った場所は味方チームにとってはイカとなって潜伏し移動できる“ナワバリ”となり、相手にとっては踏んだだけで身動きが取りにくくダメージを受けるやっかいなエリアとなる。塗ることの重要性は常に高く、無駄な塗りは基本的に存在しない。敵を狙って外れたインクが相手を追い詰めることになる、という状況も多々あるのだ。

“ついやめられなくなる”奥深さ

しかし、『スプラトゥーン』がこれだけの支持を集めている理由はシンプルさだけではない。床を塗るというシンプルなゲームでありながら、シューティングゲームとしての奥深さもある。『スプラトゥーン』においてもっとも重要とされるのが情報の把握だ。相手や味方がどこに存在し、何をしており、どういった戦況なのか。WiiUゲームパッドを用いた情報の把握なくして勝利はないだろう。また、『スプラトゥーン』において塗りが優先されることは間違いないが敵を倒すという行為もまた多くの意味を持つ。対戦中はどのマップにおいても中央付近は激戦区になりやすく、熾烈な戦いが生まれる。そのなかで相手をひとりでも倒せば前線を押し込む隙ができ、戦況を有利にできる。それは塗りが可能なエリアが広がることを意味する。刻一刻変化する情報を把握しながら、時には前線に飛び出し味方のために身体を張らなければいけない。『スプラトゥーン』は相手よりも多くエリアを塗るというシンプルな目標を掲げながら、ただ何も考えずに塗るだけでは勝つことはできない。そういった「間口は広く、奥は深く」というデザインこそが『スプラトゥーン』の醍醐味であろう。

これまではより多く塗ったほうが勝つというルールを前提に話をしてきた。これはいわゆるレギュラーマッチであるナワバリバトルの内容だ。『スプラトゥーン』にはこのほかに、より刺激を欲するプレイヤーのために自分のレートを賭けて戦うガチマッチが用意されている。一定エリアを塗り、そのエリアを守り続けた時間の長さで勝負する「ガチエリア」、ヤグラに乗り込み敵陣の最奥まで突き進む「ガチヤグラ」、持ち運びできるホコを抱え敵陣最奥の台を目指す「ガチホコ」。それぞれ異なった特色のガチバトルが4時間という間隔でステージとともに変化し楽しめる。どのガチバトルも違った個性を持っているが、どのバトルにおいても塗りは重要となる。退路や進路が自チームの塗りかどうかが進軍や防衛に大きな影響を及ぼす。どのモードにおいても塗りという行為は大きな意味を持つのである。このガチマッチのレーティングはS+からC-まで用意されており、特にS+ランク帯になると情報把握もエイミング能力も飛び抜けた能力を持ったプレイヤーばかりで、相当手強いバトルが楽しめるだろう。

ちなみに日本人ユーザーは海外でも「日本人は強いから当たりたくない」と言われるほど恐れられている。ただしこの恐れはラグがひどいという意味も含まれているようだ。しかし、それを除いても日本人プレイヤーの腕の良さはある程度認知されているようで「特に日本時間深夜1時ごろになると突然成績が悪くなる」といった報告などがされている。

 

保たれ続けるゲームバランス

『スプラトゥーン』の生命線となっているのがゲームバランスだ。完成披露試射会の時には相手を一撃で倒し、塗りも効率的に行える近接系武器「スプラローラー」が強すぎると一部のユーザーが主張していた。しかし発売しふたを開けてみればスプラローラーは近接系武器であるがゆえに中長距離系の攻撃にめっぽう弱いという欠点が認知されるようになり、決してスプラローラーが強すぎるわけではないということが判明した。その後もある特定の武器が強いと話題となっても、塗りのみの強さであったり対人のみの強さであったりするなど、普遍的な用途の“最強武器”が決められることはなかなかなかった。

スプラローラー(スプラローラーコラボ)は最強ではないものの、現在でもその塗り効率と攻撃力の魅力から、初心者上級者とも愛用している武器のひとつだ。
スプラローラー(スプラローラーコラボ)は最強ではないものの、現在でもその塗り効率と攻撃力の魅力から、初心者上級者とも愛用している武器のひとつだ。

また、特定のスペシャル技や武器(サブ含む)が強い弱いといううわさが流れ、それらを使うユーザーが極端に増減した場合にはアップデートによって徹底的にバランスが調整された。リリース前もリリース後も開発者たちはかなりゲームバランスには気を遣っているようで、絶妙なバランス調整でユーザーを楽しませその人気を保っている。バランス調整の対象は武器だけではない。ときにはステージ構造の変更が改修工事として行われ、デカライン高架下は全面的な変更が行われた。また、バトルの種類によってアロワナモールやタチウオパーキングに足場や壁が設けられたり、はたまたガチホコバトルにおいて進入禁止区域が設定されたりとより遊びやすい環境を提供することにぬかりはなさそうだ。

 

継続的なアップデートやフェスの開催

精力的な追加アップデートは『スプラトゥーン』の人気を支える重要な要素のひとつだ。発売直後こそはステージや武器のバリエーションの少なさが目立ち、特に2つのステージが4時間ごとにローテーションで変わっていくシステムも相まって、海外メディアのレビューでの数少ない批判点となっていた。しかし、発売からほぼ毎週のように武器やステージが追加され、発売直後は5ステージだったのが現在では約3倍の14ステージ以上に、29種類だった武器は60種類以上にまで増え非常に充実している。これらすべては当然無料である。任天堂は最初からさまざまなことを盛り込むのではなく、徐々に追加していくことで『スプラトゥーン』の人気を保ち続けている。ユーザーがいなければ成立しないマルチプレイヤーゲームではこの方針も重要な要素だったといえるだろう。

また「フェス」もスプラトゥーンの盛り上げに一役買っている。「フェス」は不定期に開催されるイベントだ。「朝食はどっち派?ごはんvsパン」のようにお題にそった2つのチームに分かれて24時間フェスマッチを行い、最終的な投票率と勝率を比較して勝敗を争う。このフェス開催時は『スプラトゥーン』のロビーにあたる「ハイカラシティ」も普段とは異なったお祭りのような雰囲気になり、ステージもフェス仕様に変わる。このフェスの一体感とお祭り感は普段から遊んでいるユーザーを惹きつけると同時に離れているユーザーもフェスをプレイのきっかけとして楽しめるというある意味ゲームの節目になるイベントとなっている。

この年末には、過去に催された「赤いきつねvs緑のたぬき」がテーマのフェスが再び開催される。
この年末には、過去に催された「赤いきつねvs緑のたぬき」がテーマのフェスが再び開催される。

第一回のフェスは「ごはん」チームの投票者が「パン」チームに比べ多くなってしまい「ごはん」チームは「パン」チームとマッチングできず長い間マッチング画面で待たされてしまうという事態が起こった。また、勝敗の判定に投票率が含まれていることで結果がほとんど投票率で決まってしまうというシステムであったことにユーザーは不満を持っていたようだ。しかし第二回のフェスからは同じチーム同士でもマッチングするようになったり、結果にかかわる勝率の割合を大きくしたりと回数を重ねるごとにさまざまな改善がなされていった。このように『スプラトゥーン』はゲーム内のイベントや頻繁なアップデートで多くのユーザーを惹きつけてきたのだ。

ちなみに日本で開催されているフェスは「赤いきつねvs緑のたぬき」といった具体的な商品から「愛vsお金」のような抽象的なテーマまで用意されており、幅広い。しかし欧州のテーマは「食べるvs寝る」や「北極vs南極」といった人々が興味を持ちにくいテーマが多く不評なようだ。一部のユーザーはredditにて「くだらないフェステーマを考えてニンテンドーヨーロッパに雇われよう」というスレッドを立て、「天井vs床」や「鍵vs鍵穴」といったアイデアを出しあい大喜利を繰り広げながら不満を訴えた。

 

スタッフのアイデアが結集されたデザインと音楽

女性や子どもにも人気があるのはデザインのポップさが大きく影響しているだろう。プレイヤーの操作キャラクターである「インクリング」は丸みを帯びたかわいらしいデザインで、ところどころに“イカっぽさ”を感じさせる。特に人間でいう髪の毛部分はイカの足のようになっており、ガールにおいては髪の毛と手足の本数を合わせると実際のイカ同様10本になるというこだわりようだ。しかし一方でこのキャラクターのカスタマイズが肌と目の色に限られていることに不満を持ったユーザーもいるのではないだろうか。この件に関して野上氏は「新しいタイトルなので、アイコンとしての認知を広げるために、キャラクターの容姿は2パターンに限定しようと決めました。あまりたくさんかたちを作ると、イメージがぶれてアイコンとしての機能が下がってしまう」と語っている。また、ガールが中性的な見た目をしているのはやんちゃなイメージにしたかったからだそうで、もともとボーイを用意する予定はなかったがプレイヤーが感情移入しやすいようにと用意したのだという。

しかしキャラクター以上にポイントとなるのが頭や服、靴など身体につける装備にあたる「ギア」だ。それぞれのギアは異なった性能を持っており、装備としてだけでなく、ファッションとしても魅力的なギアが多い。キャラクターのカスタマイズが限られている分、ギアを付け替えることでプレイヤーごとの個性を出すことができる。性能重視でギアを選んでいる人も多いだろうが、ニット帽やチェックシャツ、スリッポンなど実際のファッションのようなコーディネートを楽しむことができるのもうれしいポイントである。
デザインといえばハイカラシティやステージの細部にもこだわりが感じられる。街の造りはもちろんのこと、ハイカラシティの壁や路地裏、ステージにもさりげなくステッカーが貼ってあったり意識してみなければ気がつかないようなところにまで手が施されている。こういったステッカーに使われているデザインは一見ひらがなやアルファベットに見えるものもあるが、開発者いわく「そもそも彼らも読めているのかどうかわからない」そうなので、いっそう人間には解読が困難だと語っている。 この世界のデザインは「イカして」いればよいという考えで成り立っているようである。

ハイカラシティはさまざまな“イカ”したやつが集う場所だ。
ハイカラシティはさまざまな“イカ”したやつが集う場所だ。

また、設定資料集には構想段階のさまざまなデザイン案が収録されているが、ステージに男子用小便器型のワープゾーンを設置するアイデアや「スプラッシュボム」の原案であるイカ飯の形を模した「イカメシボム」といったユニークなアイデアが多く考案されていたことも垣間見える。そういった試行錯誤の末つくり上げられたのが現在の『スプラトゥーン』の世界なのだ。

次に音楽について触れておきたい。『スプラトゥーン』で流れる音楽は全て架空の音楽バンドやアイドルであるシオカラーズが歌っているものだ。それらのグループは『スプラトゥーン』の世界で流行している存在とされている。 『スプラトゥーン』の曲の特徴はギターやベースを中心とした“パンクロック”だ。こういった雰囲気の曲が採用されたきっかけは仮のBGMとしてディレクターの天野祐介氏が作った曲だったとファミ通.comのインタビューで明かされている 。天野氏の作曲したものは「パンクロック」とは少し違っていたようだが、まとまりのあまりないこぢんまりとした粗さがあり、その粗さが『スプラトゥーン』の世界観に合っているという理由で採用されている。また、BGM全てにボーカル音声が入っていることによって耳に残りやすく思わず口ずさんでしまう曲になっている。それでいて彼らの歌声は聞き取れたり理解できたりする言語ではないのでプレイ中に気が散ってしまうということもない。これらの曲はユーザーによってアレンジしたものが動画サイトにアップされるなどたいへんな人気を誇っている。

フェスのBGMやヒーローモードのエンディング曲を歌っているのは、もちろん
シオカラーズである。これらの曲にもいわゆるイカ語で歌詞がつけられていてその耳当たりのよさやリズミカルなメロディーが人気を集め、動画サイトにはその中でも人気の高い「シオカラ節」を歌ったという趣旨のものが投稿されたりもした。その後『スプラトゥーン』のサウンドトラック「Splatune」が発売された際にユーザーを驚嘆させたものがあった。なんとCDにはイカ語を日本語の音声で表記した歌詞カードが入っていたのだ。発売以前にも歌詞カードの存在は明かされていたがまさかイカ語を日本語表記にしたものであるとは予想もつかず、SNS上では多くのユーザーが驚きを見せていた。

 

ユーザーと共に作りあげられたコミュニティ

『スプラトゥーン』を語る上でソーシャルメディアとの結びつきは欠かせない。特にTwitterとは結びつきが強く、完成披露試射会がトレンドキーワードになったことにはじまり、『スプラトゥーン』公式アカウントがアップデートやフェスの告知のツイートをするたびに瞬く間にリツイートされTwitterのトレンドに現れるほどだ。『スプラトゥーン』をプレイしている人とつながったり、ゲーム内容やフェスについてつぶやくことを目的として専用のアカウントを作成した人も多くいるようで、『スプラトゥーン』によるSNSの盛り上がりはかなりのものだ。発売して半年以上が経過してもなお1日に約2万前後のつぶやきが投稿されている。


ちなみに『スプラトゥーン』公式アカウントの投稿の中で一番リツイートされた投稿は、スプラトゥーンフェス「どっちが好き?イカ vs タコ」の告知だ。約3万7000ものリツイートを記録している。

公式Twitterではイカのキャラクターというつながりで安部真弘氏によるギャグ漫画『侵略!イカ娘』に登場するキャラクター「イカ娘」とのコラボイラストが投稿され多くの反響があったようだ。その好評さからか8月の大型アップデートではイカ娘になりきることができるイカ娘とのコラボギアが実装され話題となっていた。コラボといえば『スプラトゥーン』が佐賀県とコラボしたイベント「Sagakeen」の開催もユーザーにとっては驚くべきことだったのではないだろうか。このイベントは東京と佐賀県の二か所で行われており、スタンプラリーやコラボグッズの販売など多様なコンテンツが催されている。イベントの開催に先がけゲーム内では佐賀県とのコラボフェスとして「海の幸vs山の幸」も執り行われた。そのほかにSagakeenの情報を提供するための公式Twitterも用意されイベントの様子やグッズ情報が伝えられている。

Twitter以外でのソーシャルネットワークサービスでいえば、任天堂が提供する「Miiverse」との連携も欠かせない。MiiverseではWiiUパッドでイラストを描き投稿することができる。それらのイラストは『スプラトゥーン』ゲーム内の随所に表示される。ハイカラシティの住人から吹き出すイラストから、ステージ内の壁に描かれる落書きのようなイラストなどさまざまな形でイラストがゲーム内に還元されており、ゲームの雰囲気作りに一役買っている。

ハイカラシティの広場には他プレイヤーが描いたイラストが吹き出しで現れる。おもしろいものからかわいらしいものまで幅広い。
ハイカラシティの広場には他プレイヤーが描いたイラストが吹き出しで現れる。おもしろいものからかわいらしいものまで幅広い。
ステージ内にもMiiverseの投稿が表示される。対戦中についついイラストに気を取られてやられないように注意しなければならない。
ステージ内にもMiiverseの投稿が表示される。対戦中についついイラストに気を取られてやられないように注意しなければならない。

また、Twitterから爆発的に広がった『スプラトゥーン』コミュニティは独自の進化を遂げている。8月の大型アップデートで、2人から4人のフレンドのチームでオンライン対戦ができるタッグマッチや、勝利報酬やレーティングには影響がないが仲間うちで気楽に部屋を作って楽しめるプライベートマッチが追加された。これにともない任天堂はひと目でフレンドのオンライン状況や仲間の募集を行えるポータルサイト「イカリング」を追加。これらのオフィシャルなコミュニティのほかにも「チーム」と呼ばれるタッグマッチやプライベートマッチを円滑に行うほかのゲームにおける“ギルド”のようなコミュニティも形成されている。それらは「イカナカマ」と呼ばれるサイトを中心に募集が行われているようだ。声を使った意思疎通を行う際には「イカデンワ」というツールなども用いられ、他ゲームとは少し異なり公式もコミュニティを提供しているが、ユーザー主導のコミュニティも同様の盛り上がりを見せている。

 

グッズ展開でも人気が爆発

今となってはamiiboは任天堂の事業を支えるコンテンツのひとつになっている。
今となってはamiiboは任天堂の事業を支えるコンテンツのひとつになっている。
画像出典: Amazon

『スプラトゥーン』は前述したキャラクターデザインも人気を呼んでおり、その人気はグッズ展開にも現れている。そのグッズ展開の象徴である商品がamiiboだ。amiiboとはゲームの中でさまざまな追加コンテンツを遊ぶことができるフィギュアのことである。『スプラトゥーン』のamiiboをタッチすると特別なステージが追加され、それをクリアするとギアとブキをゲットできる。フィギュアとしての完成度も非常に高く、観賞用として求める人も多く存在した。このamiiboは「ガール」「ボーイ」「イカ」の三種類がソフトと同時に発売されたものの、即時に完売してしまい数か月の間入荷待ちが続くという状況になるほど大人気であった。

また、amiiboが発売して約2か月後、イカぬいぐるみクッションが発売。2色が用意されていたがあまりの人気に予約することすらも困難となった。同じころにイカの形をしたキーホルダー「イカマスコット」がガチャとして全国の店舗に設置された。しかしこちらも人気が非常に高く発売日の朝に売り切れが続出した。また、前出のオリジナルサウンドトラック「Splatune」は初週4.3万枚を売り上げてオリコンアルバムチャート2位を記録。音楽番組のランキングでも登場し、異彩を放った。その後も設定資料集、新たな種類のキーホルダーなどが次々と発売され人気を博し、『スプラトゥーン』はグッズ展開の点でもまだまだ勢いの衰えを見せない。

 

おわりに

これまでさまざまな歴史や秘話を紹介してきたが、一貫して言えるのは『スプラトゥーン』は発売前から発売直後、そして発売から半年経っても、いまだ開発者たちはユーザーにとっての遊びやすさを最重点に置きながらゲームを作り続けているように感じる。その心意気は弊誌でもお伝えした開発者インタビューからも伝わるだろう。そしてその遊びやすさは常に試行錯誤を伴って生まれており、妥協は感じられない。ゲーム会社の老舗である任天堂の熟練の哲学と、若いスタッフのエネルギーが見事に融合された一作なのではないか。

そしてその開発者のユーザーを想うこだわりに対して、ユーザーもコミュニティの盛り上がりなどをもって返答している。開発者たちがユーザーに歩み寄ると同時に、ユーザーもまた開発者に歩み寄る相互作用が、いまだに続く『スプラトゥーン』の人気を支える秘訣なのだろう。

岩田聡前社長を失った任天堂にとって、2015年は激動の年であった。2016年もモバイル事業や新ハードのNXなど、今後の展開も決して約束はされておらず厳しい局面に立たされるかもしれない。しかし『スプラトゥーン』はこれまで岩田氏が目指していた「誰にでも楽しめて奥が深い任天堂らしいゲーム」を見事に実現している。その意志を受け継いだ若い開発者たちによってこれほどのゲームが生まれるならば、心配は無用だろう。『スプラトゥーン』が、そう思わせるほど“魂”が込められた作品だったことは間違いない。

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