台湾産のホラーADV『返校』をプレイしているときにも感じたことだが、ある種のインディーズのビデオゲームは、もはや個別の土地の物語を伝えるための文化芸術の域に達している。フィクショナルな世界における登場人物が人間らしい葛藤に苦しんだり、成長したりといった図式は昔から多く見られたが、こういったビデオゲームはもはやその図式から離れて、現実に存在した文化自体をひとつの作品に落とし込もうとする。そこに見られるのは時の流れに呑まれて闇の中で蠢いていた物語や、忘れ去られた神話の語り直しであり、ゲームとして面白いかどうかは置くとして、主題そのものがすでに興味深い。

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The Mooseman』は、フィンランドやノルウェーなどが面するバルト海近辺から、ロシア連邦はサンクトペテルブルグ付近に分布するフィン・ウゴル系民族のあいだで語り継がれてきた神話をもとに、さまざまな表現を広義の2Dサイドスクロール型のアドベンチャーに落とし込んだ作品である。サイドスクロールと言っても、アクションの操作において要求されるレベルはあまり高くなく、どちらかといえば物語を語るためにたまたま採用したという感じが強い。プレイヤーが操作するのは、森の中で会合を開いている人影の集団のうちのひとりだ。彼はふいにその集団から離れて、目的も不明瞭なまま歩きはじめ、ひたすら進んでいく。このあたりは、Playdeadによる『LIMBO』や『INSIDE』からの影響が感じられる。

とりあえずはゲーム性について語っておこう。キーボードでのプレイであればAキーとDキーでキャラクターを操作することができ、スペースキーを押すと、効果音とともに「いままで見えていなかったもの」が見えるようになる。これは森に宿る精霊や岸壁に残された壁画、さまよえる魂などの象徴のようなものらしい。ゲーム中には、たとえば道の途中に障害物があって通れないときにスペースキーを押すと、空中に道が現れてそこを通ることができる、というような仕掛けがある。

森の精霊たちが見える。「もののけ姫」に登場する「木霊」とよく似たデザインだ。

ほとんどのアクションや謎解きは簡単なもので、スペースキーを押すことで世界への働きかけ方を変えていれば、すぐに解けるようなものばかりだ。その道すがらに出会う超自然的な存在の数々は、コミカルだったり、恐ろしかったりするが、一貫してあまり見慣れないタッチで描かれている。さて、プレイヤーが通ることになる道程の途中にはトーテム・ポールのような標(しるべ)が立っており、ここを通り過ぎると、フィン・ウゴル系民族の固有のものらしい神話の断片を読むことができる。ゲームの目的が明らかにされる前に、まず神話が先に来るわけだ。

この神話を要約してみよう。彼らにとって世界は三層構造を成しており、上部、中部、下部の世界に別れている。上部には神々が、中部にはすべての生きているものが、下部には死者が住んでいる。いまでも人里離れた海に浮かんでいるという、ある鴨がいて、あるとき卵を産んだ。そこから世界の最初の魂であるヘラジカ(Moose)が生まれ、殻が中部の世界の陸地となり、より小さな破片は神々となった。――わけのわからない話であることはわかっているが、もうすこしだけ我慢していただきたい。

ちなみに、作中で収集できるアイテムは、すべて現実に存在するアクセサリーなどの遺物をモチーフとしている。画像のものは7世紀から8世紀ごろの遺物だという。

卵から生まれた最初の魂であるヘラジカは、Yenという名で呼ばれている。彼はあるとき妻をめとりに出かけ、人間の三姉妹と出会った。そのいちばん末の娘を妻とし、ふたりは七人の子をもうけた。この半人半獣の七人が、本作の表題ともなっている「ヘラジカ人(Moosemen)」である。子をもうけたあと、Yenは家族のもとにとどまらなかった。Shondiという光源(太陽?)を角にいだく別のヘラジカを狩りに出かけたのだ。このヘラジカが生きているころ、世界に昼というものはなかった。しかし狩りは成功し、光の源であるShondiは下部の世界へと落ちていった。そして、永遠に続く夜が始まった。このためにYenの子らである七人のMoosemenは下部の世界へと旅し、Shondiを手に入れて、それを上部の世界へと持っていくことを使命とした――まあ、こんなところだ。

最後までプレイを通せばだいたい何が起こっているのかつかむことはできるし、七人のMoosemenがおそらく一週間の曜日に対応していること、また寒さの厳しい地方の神話であるにもかかわらず、上部の世界に数え切れないほど沢山の蝶が舞っているとされることなど、神話として興味深い点はいくつもある。しかしこういった点ばかりを強調しすぎると、なんだかお勉強じみてきてしまう。この時点で興味の湧いた方は、上記にした要約を意識しながら実際にプレイしてもらうのがいちばん良い。

もしもこういった神話的背景にあまり興味が持てなくとも、本作が提供する楽しみはこれだけではない。なんといっても、グラフィックだ。本稿の冒頭で紹介した動画をご覧いただければただちに了解されると思うが、カラーパレットはほとんどの場合、モノトーンで統一されている。しかしプレイを進めるにつれ、ときおり赤や緑、青といった印象的な色が効果的に用いられる。それも、作中ではじめて太陽が昇ったときや、プレイヤーキャラクターに対して敵意を持っている存在が現れたときなど、じつに印象的なシーンで用いられるのだ。こういった種々の表現を眺めているだけでも、十分に楽しめるだろう。

最後に、言語について。おそらくだが、搭載されている英語、ロシア語、コミ・ペルミャク語(ロシアの地方語、フィン・ウゴル系民族圏)のいずれも読めずとも、本作はプレイできる。動く絵画、と呼びたくなるような優れたグラフィックもそうだし、ゲーム性がシンプルなので、だいたい何をすればいいのか説明がなくてもわかるのだ。本稿で神話を要約したのは、なんとなくそういう世界観なのだ、ということを知っておいてもらいたかったからにすぎない。

ちなみに翻訳はなかなかのものだ。英語のテキストの文体は、倒置などを多く用いた独特なものになっている。これはおそらく、コミ・ペルミャク語のシンタックスを意識したものだろう。すこし読みにくいが、その引っかかりがまた良い。

筆者ははじめ英語でプレイし、上記にしたような理解を得たが、まったく理解できないコミ・ペルミャク語を使用言語に設定して再プレイすると、とても独特な感覚が湧いてくるのを感じた。とくにローカルな物語はそうだが、すべての物語にはそれによって語られるべき言語というものがあり、物語と言葉が合致するとき、意味が伝わらずとも魔術的な魅力を放つのだろう。

もしもあなたが、自分とまったく関係のない世界の一地方に根付いている文化や物語にほんのすこしでも興味があるのなら、『The Mooseman』はおすすめの作品だ。恥ずかしながら、筆者もこの文化については本作に触れるまで存在すら知らなかったが、河を渡ることで異世界へと向かうというモチーフの世界的な普遍性や、彼らにとっての七曜の解釈などをおぼろげながら知ることができ、たいへん楽しくプレイできた。だれにでも薦められる作品ではないことは確かだが、さまざまなフィクション作品の似たような世界設定に飽き飽きしているのなら、ぜひ試してみるべきだろう。とにかく本作の世界観がほとんどの人にとって新しいものであることだけは、自信をもって確言できる。

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