ときに噂話というものは伝聞されていくうちに尾ひれが長くなり、いつしかそれは嘘か本当か分からないが妙な信憑性を持つ都市伝説として語り継がれていく。企業や政治、スポーツにテレビ番組、そしてアニメなど、さまざまなジャンルや事柄にまつわる都市伝説には枚挙に暇がない。ゲームの場合、たとえばスーパーファミコンで発売された『真・女神転生』では一定の確率で電源投入時に「すぐにけせ」と画面いっぱい表示されるといった都市伝説が知られているが、アメリカのアーケードゲーム界隈においても長らく囁かれていた話があるのをご存じだろうか。

1981年、アメリカ・オレゴン州ポートランドのゲームセンターにて見ず知らずのメーカーが製作したアーケードゲームが稼動していたという。しかしその場で遊んだことがあるという証言者は誰ひとりとしておらず、正式に販売されたというデータも残っていないことからその存在は幻と化していたのだが、亡霊のようにまとわりついた不気味な噂によって「呪われたアーケードゲーム」と語られるようになる。

スポンサーリンク

わずか一か月でゲームセンターから忽然と姿を消したそのゲームの名前は『Polybius』。他に類を見ないアブストラクトアートなゲームデザインは多くの中毒者を続出させた一方で、プレイヤーは凄まじい吐き気や頭痛をもよおし、中には自殺を図るほどの嫌悪感に苛まれる者もいたとされている。また、そのゲームセンターには不気味な黒服の男が時おり訪れ、これまでに投入された硬貨の枚数を確認するスタッフではなく、プレイヤーの性別や年齢といったデータを取るCIAの調査員ではないかという声も上がっていた……。

しかしこういったまやかしは、やがて伝聞からインターネットを介して語り継がれ、結果としてATARI 2600やPC上で実際に開発してしまった酔狂なゲーマーやプログラマーもいるほどの神話性を持っている。有名なアニメシリーズ『ザ・シンプソンズ』にて主人公のバートがゲームセンターで遊ぶエピソードにも『Polybius』の筐体がチラッと映るほどだ。そして今回、2017年5月10日に北米・欧州向けのプレイステーションストアにて配信が開始された『Polybius』は、とある奇才による溢れんばかりのアイディアとPlayStation 4というプラットフォームによってとんでもないゲームとして生まれ変わってしまった。

その奇才の張本人であるジェフ・ミンター氏は本作の開発・販売を行ったLlamasoft(ラマソフト)社の代表を務め、かつてATARIが世に放った家庭用ハード「Jaguar」の人気ソフト『Tempest 2000』のほか、同社ではXbox360のLive Arcadeタイトル『Space Giraffe』やSteamで配信中の『Gridrunner Revolution』も手がけており、「ギラギラとした色使い」「目に痛いほど点滅するフラッシュ」「プレイヤーへの高揚感を聴覚から刺激するテクノサウンド」といった一貫性のあるゲームデザインはコアなゲーマーたちを虜にしている。

「ミッドナイト・ハイ・シューティング」として知られる『Rez』は敵機の撃破とBGMに用いられているトランスミュージックをシンクロさせることで幾多のプレイヤーを快楽の海へと溺れさせたが、「fast trance shooter」を自称する『Polybius』はジェフ・ミンターのゲームデザインに加えてシューティングゲームとレースゲームをハイブリッドしたものに仕上がっている。フランスの社会学者、ロジェ・カイヨワは自著『遊びと人間』にて「遊びには競争、偶然・運、模倣、眩暈からなる4つの働きがある」と定義し、中でも「眩暈」はメリーゴーランドの回転やブランコの重力移動と速度で生じる三半規管の麻痺を「面白い、楽しい」と本能で認識していると論じたが、『Polybius』が与えるのはまさに「速さによる眩暈からの快楽」に他ならない。

ステージの道中に設置された数々のゲートに自機を潜らせることで加速し、やがてそれは目が追い付かなくなるほどの速度に達する。ゾクゾクと身震いし、一瞬たりとも視線を逸らすことはできず、ジャケットのように閃光する蛍光色がまばたきを求める乾いた眼球に映り、グニャグニャと捻じれたサイケデリックな幾何学模様で彩れたステージ展開にはクラクラと眩暈を起こしそうになる。その様相はまるで『2001年宇宙の旅』の終盤で主人公のボーマン船長がスターゲートを通過してスターチャイルドへと進化を遂げる過程のような感覚がどうしようもないほど気持ちよく、まるで覚えたてのサルのように繰り返して延々と遊び続けてしまい、かつての都市伝説を信じ込んでしまいそうになる。

だがこのゲームは単に気持ちよさを与えるだけではない。自機の進行速度を自分で調整できないということは、すなわちブレーキもないというわけだ。自機を操作する指先に意識を集中させても自機を意のままに操ることは困難を極め、ゲートを潜り損ねた場合や障害物への衝突、または被弾によって速度が急激に下がった途端、夢から覚めたかのような亡失感がプレイヤーに襲いかかる。さらには道中に置かれた大きな旗の向きに合わせて進行することを命じられるステージや、自機をジャンプさせて障害物を次々に超えさせるトリッキーなものも用意されていることが「快楽のへの妨げ」になることに拍車をかけている。

しかし人間に判断能力というものがある。次こそはミスを犯さないようにと、敵や障害物の配置を覚えて攻略パターンを組むこともできれば、ゲートを潜らずにゆっくりと進めばいいという判断も下すことができるだろう。頭の中ではそれが安全に進行できる術と理解しても、自機を守るシールドがゼロにならない限りは自ずと「速度による快楽」を求めてしまう。失速や被弾を含めたミスによる適度なフラストレーションと、ゲートを潜れるか否かという選択を常に求められるスリルが常に隣り合わせにある中、ステージをクリアした喜びや解放感よりも強烈な脱力感を覚えるあたりは、さながら麻薬のような中毒性を秘めているからだろう。

1ステージあたり平均2~3分というテンポの良さは繰り返して遊ぶのに適している。中には『スタンランナー』を彷彿とさせるようなトンネルをはじめ、コモドールから発売されたパソコン「Amiga」が1984年のコンシューマー・エレクトロニクス・ショー出展時にデモ画面として披露した「Boing Ball」をゴロゴロと転がしてプレイヤーの行く手を阻む以外にも、過去のゲームに対するジェフのリスペクトには思わず苦笑いを浮かべてしまいそうになるほど。

このゲームで最も恐ろしいのは、平面の液晶テレビですら仮想トリップを味わえるというのに、あまつさえ3DTVとPS VRに対応していることだ。以前からVR技術に興味を持っていたというジェフ・ミンターが、類まれなるセンスを爆発的に開花させた結果がこの作り込みようである。蛍光ペンでグチャグチャに塗りつぶしたような色合いと角ばった無機質なポリゴンのデザインが施された奇怪なステージ、そして目まぐるしい速度はHMDを通じて全方位の視界を容赦なくジャックする。これまでVRにあまりピンと来なかったプレイヤーでも、あの亜空間にポンと放り込まれたかのような没入感を一度でも味わってしまったら、しばらくはコントローラーを手放すことはできないはずだ。

残念ながら現時点では北米と欧州のプレイステーションストアのみで配信となっているが、ラマソフトは今後Steamで配信することも発表しているので、ひとりでも多くの「『Polybius』ジャンキー」が生まれることを切に願うばかりだ。

ゲームをプレイする前に警告画面には「サイケデリックなビジュアルであること」「強烈な画面点滅が多用されていること」の二点が必ず表示され、承諾しない限り遊ぶことはできない。北米版でもここまで厳重な前置きをしていることから、光過敏性発作(いわゆる「ポリゴンショック」)の規制が厳しい日本国内で配信される可能性は極めて低いだろう。

ちなみに『Polybius』にまつわる都市伝説の種明かしは、ベクタースキャンを用いたATARIのアーケードゲーム『アステロイド』(1979年)のロケテスト版もしくは初期バージョンを遊んだ少年がてんかんを起こしたのではないか、という説が有力と言われている。とはいえ、かつて恐ろしいアーケードゲームがあったらしい……と、あえて信じてみるのも一興だろう。

・Llamsoft
http://minotaurproject.co.uk/frontpage.php

・北米版プレイステーションストア『Polybius』購入ページ
https://store.playstation.com/#!/en-gb/games/polybius/cid=EP4461-CUSA06495_00-LLAMASOFTPRD0001

Recommended by

ニュース

Indie Pick

インタビュー

レビュー・インプレ

Devlog