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Paradigm』はおそらく、かなり多くの人間にとって、わざわざ時間を割いてプレイするまでもない傑作である。ここでいう傑作というのは、奇妙でおもしろいという意味、「それはケッサクだな!」というほうの意味であって、作品がずばぬけて優れているという意味ではない。本作はポイント&クリックゲームで、巧みな英語を東欧訛りであやつる遺伝子操作されたミュータント人間が主人公であり、巧みな英語をオーストラリア訛りであやつるAIつきコンピュータ「Jhon 8000」、巧みなヒューマンビートボックスでファット(Phat)かつドープなビートを聴かせてくれる茄子、主人公の飼い犬――いちばんお気に入りの餌はウォッカ――などが、彼の脇を固めている。

はっきり言ってしまうと、筆者にはこの作品の紹介をまじめにやるつもりがない。この作品をまじめに紹介することは、異国の地で見かけた超絶技巧の大道芸人の芸風をつぶさに評価するようなものである。そんなことをしても誰も読まないし、この作品の良さを殺すことにもなりかねない。とりあえず公式のトレイラーを見ていただいて、もしも感じるところがないようならただちに本稿を読むことを中断して、弊誌のべつの記事に移ってもらったほうがいい。あなたの貴重な時間の無駄だからだ。

そういうわけで、トレイラーを以下にする。日本語訳もつけたので、理解の手がかりにしていただきたい。

 

「この美しい姿が見えるかい? これがぼくだ。異星人で、名前はパラダイム。百万光年の彼方から、宇宙船に乗ってやってきた。その使命は、あなたに隣人を敬い、愛することを教えるため。そして異星人のラヴ・メイキング・ファンタジーを充実させるためだ。ぼくはぼくの心の友の助けを借りて――

(ここで映像が乱れる)

あー、ごめん、うそうそ。ぼくはごくふつうの、ひどすぎる奇形と存在不安を抱えた人間です。この厳しい現実から逃避するために、ファンタジーを用いているだけなんです。ただ、なにもかもがぜんぜんだめというわけでもなくて、けっこうたくさん友達もいます。ビートボックスが得意な茄子のDoug、John 3000、そのほかいろいろな、ぼくの顔を見てもゲロを吐いたりしない良い人達。ぼくがゲームのなかで訪れるすべての場所を紹介できるわけじゃないけど、まだ核戦争後のフォールアウトで壊滅したわけじゃないそれらの場所は、とってもいい感じだよ。それに、生きた人肉を食べるバクテリアなんかも出るし。すてきだね!

冒険に行くことのいちばんの効能は、あらゆる物事について考えすぎることを止められることだね。それにぼくにとって絶対に必要であり、ぼくには払えっこない受診料を要求するメンタルヘルスの病院に行ってセラピーを受けるよりも、ずっと安くすむし。あとは冒険の途中で、いかしたグラム・メタル文化のリーダーになりかけたこともある。いまのぼくのいちばんの心配ごとは、凶悪な遺伝子操作企業がぼくの命を狙ってるってことくらいかな。ボコボコに惨殺されるのは好きじゃないからね。

さて、ようこそパラダイムへ! このゲームでは――

(ここでドアが乱暴に開かれる音と、どすどすという足音)

「おい、お前! お前はここには出入り禁止だろうが!」

(手錠をかける音)

ねえ、誤解だよ、ぼくはただ――

(ロープで締め上げる音)

(鞭で何度も叩く音)

(椅子から身体が転げ落ちる音と、嗚咽)

ああっ! やめてくれえ! ぼくはただトレイラー用の音声を録音しているだけなんだ! ああああああっ!」

 

ゲームを起動すると、トレイラーで暗示されていた、遺伝子操作企業のコマーシャル・ムービーが流れはじめる。そのムービーのつかみはつぎのようなものだ。「あなたのお子さまは、失敗作ではありませんか?」資本主義社会の企業の宣伝によくある、虚飾にまみれたシンプルなコマーシャルだ。いくらかの台詞が流れ、電話番号とともに「非凡な才能に満ちたお子さまを、ぜひお楽しみください!」というコピーライティング、そして(おそらくは)すばらしい才能に満ちた若者の顔が映し出される。

若者の顔がフェイドアウトしていき、入れ替わりにわれらが主人公、パラダイムの、見るもおぞましい顔がアップで表示される。彼は言う。

「さ、いかしたビート (Beaties) でもかけるか」

赤い手袋をつけた手が、Akai社のMPCシリーズによくあるようなパッドのうちのひとつを押す。BGMが流れはじめ、パラダイムは微笑みを浮かべる。

「あ~。たいくつだ。たぶんぼくは、いまやりかけてるEP(ミニアルバム)をコンピュータで作ったほうがいいんだろうな。先延ばしにすることはやめておこう。それはぼくの人生の選択をまたしても否応なく見直させることになり、それによってぼくはまた、静かにしくしくと泣くはめになるだろうから」

空中にいきなり人肉の瘤のようなものがあらわれて、パラダイムに話しかける。どうやら、チュートリアルをやるかどうか聞いているらしい。口がない、あるいは瘤のなかに口が隠されてしまっているので、瘤の台詞はもごもごとして聞き取りづらい。字幕がなければ、だれひとり理解できなかっただろう。選択肢が提示され、プレイヤーがマウスを操作してチュートリアルをやるよう選択すると、「ふつうのチュートリアルか、犬チュートリアルのどちらがいい?」と瘤は質問する。

「もちろん、犬チュートリアルだ」とパラダイムは答える。するとこんな映像が流れる。

要するに、こういうゲームである。ゲーム性はポイント&クリックであり、それ以外の何物でもない。ストーリーの当初の目的は、主人公パラダイムを操作してEPを作ることなのだが、彼のコンピュータJhon 3000は、大切な部品が壊れているとかなんとか言い、パラダイムは新しいパーツを見つけるため、ずっと引きこもっていた自宅から出ることになる。自宅の外にはしゃべる茄子、Dougが植わっていて、話しかけるとPhatなBeatiesを聞かせてくれる。ついでなので、このBeatiesも聞いていただこう。

Dopeだ。

このあとわれらが主人公パラダイムは、電源が入っていないテレビをずっと見つめ続けている浮浪者、頭にカラーコーンを被ったまま空を見上げているスーパーヒーロー、ドラッグ・ディーラーなどとカラみながら、EPを作るための部品を探すことになる。その冒険の途中で、なぜか彼の命を付け狙う遺伝子操作企業に誘拐され、脱出しようとしたり戦ったりし、いろいろあって、最後にはハッピー・エンドになる。

断言できるが、この作品が擁しているグラフィック、楽曲、ボイス・アクティング、そして類い希なるセンスに充ち満ちた冗語などは、どれをとっても超一級のすばらしいものばかりである。ただ本作が志向しているものは、本質的に、アメリカの片田舎の隅っこで一軒だけ営業しているポルノ・ショップの、店内のいちばん隅っこに置かれているよれよれのペーパーバックの、誰も知らない超名作小説のようなものであって、まともな生活を送っている常識人はそもそもそんなところに入らないし、まちがっても本作を手に取るようなことはないだろう。

そういうわけで、この作品に時代が追いついていないことは明らかだが、ではその時代がいつ来るのかと問われれば、2117年くらいと答えるほかない。おそらくこの傑作の制作者は、主人公パラダイムとおなじように、どうしてこんな作品を作ってしまったんだと後悔しながら枕を濡らしているはずだが、筆者としては、彼に哀れみの目を向けることくらいしかできない。この傑作が売れないのは火を見るより明らかなことだから、もしも本稿をここまで読み進めることができたなら、ぜひ買ってあげてほしい。それはたぶん、恵まれない子供達に寄付をするのとおなじくらい道義にかなった行為である。

本作の主人公、パラダイムが製作したとされる作中曲。邦題をつけるとすれば、「きみを愛してる、でもぼくはT-Rex」。

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