ベッドに身を横たえている女性のもとに、どこからともなくべつの女性があらわれる。眠っていたほうは目を覚ましてあなたは誰だと問う。するともう一方は魔女だと答える。魔女は言う、私は私の壺を盗まれてしまった。明朝4時までにそいつを見つけて持ってくること。さもなければおまえの命はない、なぜなら、おまえには呪いをかけたから。そして魔女は消えてしまい、女性はふらふらと通りに出ていく。時計は22時を指している。彼女はこれから六時間以内に、魔女の呪いによって閉鎖されたこの島のなかで、どうにかして壺を見つけなければならない。

島にかけられた魔女の呪いというのはこうだ。ひとつ、島の人間は島の外に出ていくことができない。ふたつ、外部からやってきた人間が島の人間と話をすると記憶を失う。みっつ、島の人間のうちだれかひとりが定期的に魔女に供される運命を負う。よっつ、すべての島民は名前を失っている。魔女の壺が盗まれたこと、それによって呪いをかけられたことを危機とみるか好機とみるかはプレイヤーの手に委ねられており、ゲームシステムと物語は控えめに後者を促すようなつくりになっている。

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『マジョのシマ(App Store/Google Play)』の基本的なシステムはポイント&クリックである。プレイヤーは冒頭で呪いをかけられた女性を導いて、島のどこかにある壺の捜索を行う。この特異な状況を好機と見るようゲームが促している、とする理由は、この壺の捜索がかなり序盤で済んでしまうからだ。プレイヤーは、望みさえすれば、日付が変わるまえに魔女の城まで要求された壺を持っていくこともできるだろう。そうしないのは、島の住人たちや町に残された遺物が、プレイヤーにより大きな可能性を暗示するからだ。

その可能性から読み取れるのは、この島がかなり長いあいだ魔女の統治下にあって、人々はそこで独自の倫理観を形成するにいたったという、過去の物語である。三十名以上のキャラクターとして島民などが登場するが、彼らの発言の傾向は、年長者であればあるほど魔女を崇拝し、若ければ若いほど魔女を忌避するというものだ。忌避することが当然と思われる魔女の圧政にもかかわらず、年長者たちが魔女を擁護しようとする不可解さと、キーアイテムであるはずの魔女の壺を手に入れたときの達成率の低さに誘われて、プレイヤーはいつのまにか、魔女のところに返すべき壺を持ったまま、夜通し島を徘徊することになるだろう。初回のプレイにおけるその行動に対しては、すばらしい対価が支払われるはずだ。

本作において、なによりも触れておかなければならないのはグラフィックである。これは掛け値なしに美しく、ときに停滞してしまう謎解きからくる苛立ちを抑えるための清涼剤としても機能する。また世界観の強固さと、それにともなう表現の範囲のしっかりとした規定もすばらしい。音楽やサウンドエフェクトは裏方に回っているが上質で、灯りを落とした室内でリラックスしてプレイするには最良のものだ。基本的なゲームシステムはポイント&クリックの文法を逸脱するものではないが、独自のものとして「ターゲット」機能が挙げられる。これはプレイヤーキャラクターが遭遇した町の住人にカメラを合わせることができる機能で、後述するくりかえしのゲームプレイのなかで、おもしろいツイストになっている。

フィクションの話に戻ろう。探索を進めるにつれて、物語はだんだんと現在の出来事から過去の出来事にフォーカスを移していく。地下室で見つけることのできる古い日記や、どことなく魔女と似た顔立ちの女神像、とある場所に残された手紙などは、すべて島の過去の出来事を語るものだ。このあたりのことを子細に語ってしまうと、実際のゲームプレイの楽しみを削ぐことになるので、ここでは控えておく。

問題は、物語の主眼がしだいに過去に移るにつれて、現在、つまりゲームの画面にあらわれている町そのものの描写がなおざりになってしまうことだ。これはフィクションの構造を勘案すると仕方のないことではあるのだが、人々はまるで時間が止まったかのように、過去と魔女にまつわる話ばかりを続ける。彼らはほとんどまったく、現在の話、いまどうやって生きているかの話をしない。また、島民たちは時間経過にあわせて島のさまざまな場所に移動するが、その行動はじつに随意なもので、ゲームの序盤に彼らを目覚めさせるひとつの事件が起こるにせよ、ひとりの人間としての目的があってこの時間に起き出し、通りを歩いているようには見えない。この町は、どうも生きている感じがしないのだ。

もうすこし、島民たちのちょっとした独り言なんかが多くあれば、歩いていて楽しかったと思うのだが……

ゲームシステムと謎解きの冗長性がこの問題に拍車をかけている。ゲームの達成率にあわせて用意されたいくつかのエンディングにたどり着くためには、おなじ謎解きをある時点まで繰りかえす必要があるのだが、先述したような「生活感のなさ」のために、リプレイアビリティが損なわれていて、エンディングを見るための周回は、答えのわかっている謎を解くのに十五分以上かかる、文字通りの繰りかえしに堕してしまう。「ターゲット」機能によって、それぞれの島民の6時間を完全に追うことができるので、なるほど、彼らはこのときこんなことをしていたのだなとあとから見返すことはでき、それは非常に面白いのだが、欲を言えば、そういった発見を毎度の周回プレイ中に配してほしかった。そうすれば、過去の物語と現在の物語を、いちどのゲームプレイのなかで両立させることができ、冗長性を省くことができたはずなのだ。

それでも、すべてのエンディングにたどりつくためにプレイを続けることができたのは、なんといっても物語が優れていたからだ。それぞれのエンディングは相互にプロットを補完するよう構築されており、ひとつ回覧するたびに、物語の欠けたピースが埋まっていくような満足感を与えてくれる。また、物語を表現するためのグラフィックとアニメーションは、ほんとうにたったひとりでこれを描き上げたのかと舌を巻くほどの仕事であり、脱帽というほかない。

これは閑話だが、このゲームは、現実世界の22時から4時までのあいだにプレイするために設計されているはずである。このグラフィックの色彩をよく見てから、すべての就寝用の灯りの色が、薄い黄色であることを考えてみよう。

すべてのエンディングを見終えてから本稿に戻ってきてほしいのだが、筆者はぜひ、魔女とプレイヤーキャラクターのグラフィカルな相似に注目してほしいと思う。そうすれば、本作が要している物語が、悪い魔女を打ち破るというような勧善懲悪ではなく、ひとつの優れた克己の物語であることが了解されてくるはずだ。ゆっくりと進んでいくゲームプレイはあたかも美しい悪夢のようであるが、その悪夢が終わったあとに、本作は普遍的な真理のひとつを強烈なメッセージとしてわれわれに提示する。そのメッセージとは――明けない夜はない、というものだ。

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