ゲームソフトとの出会いを一つ一つ風景に例えるなら、トリプルA級のソフトとの出会いは一種の絶景だ。それぞれ趣は違えど、心のどこか深層部分で何かを強く訴えかけてくる。人によってそれは一瞬で通り過ぎる幻のようなものかもしれないし、人によってはその人の人生の転機になるスイッチであるのかもしれない。しかし、短い人生の時間で絶景と呼べる光景と邂逅できる回数は実際そう多くはない。逆に学校や会社、子供の送り迎えの日々のなか、何気ない日常風景でもふとお気に入りの一瞬に出会うこともある。とりたてて琴線に触れるでもなく、人生を変えもしないが、ただなんとはなしにふんわりと印象に残る。街路樹の並びかもしれないし、太陽の逆光が見せる影の形や、入ったこともない路地裏の喫茶店の看板のような、そのようなどこにでもある「なにか」だ。

WHITEDAY~学校という名の迷宮~(以下、WHITEDAY)』はそんなゲームである。ビデオゲームとしての完成度そのものに担保をつけろと言われれば口ごもってしまわざるを得ないものの、担保がつけられないからこそ生まれるものもある。素晴らしい出来ではないが、なんとなく「好き」やなんとなく「嫌い」だけで判断した方がいいゲームもある。この世界では数字で測れない類の解答の方が多いのだ。

もともと『WHITEDAY』は2001年にリリースされた韓国産PCゲームで、のちにスマホアプリ版としてリメイクされ、さらに家庭用ゲーム機に移植されたものが今作である。一つのオリジナルゲームとしてはかなり複雑な移植経路を辿ってきたゲームだ。ゲームシステムも“基本的には”2001年当時のPC版に準拠しているとされ、決して逃げ道を与える訳ではないが、今作にシステムとしての洗練度が足りていないことはその時点で自明ともいえる。であれば、そもそも前提として今世代のCS向けに全面的に改修してリリースするべきだったのではないかという議論は、ここではしない。

 

ゲーム概要

転校してきたばかりであまり友達もいない主人公の高校生「山本勇人」。本作のヒロインである「四宮しずく」が偶然落とした日記帳を返しキャンディーを贈るために、彼がホワイトデイ前日の3月13日に夜の学校に忍び込むところから物語は始まる。

ゲーム自体は学校を舞台に一人称視点で進むオーソドックスな探索アドベンチャーではあるものの、物語の進行に併せて登場する計4名のヒロインとの恋愛シミュレーションという側面も持ち、会話の受け答えの選択肢によって彼女らの好感度が変化する。好感度はゲームの進行手順に大きな変化を及ぼすものではないものの、それにより途中のイベント、エンディングなどが変化するマルチエンディング方式を採用している。

ゲームは本館から始まって講堂までの4ステージで構成されており、次のステージに移るために学校の謎を解いていかなければならない。さまざまな機種に移植され長く愛されてきたゲームだけあり、謎解きは丁寧な文書の内容の考察が必要だったり、考えてアイテムを組み合わせなければならない作りになっており、初見ではかなりの手ごたえのある内容になっている。一方で周回時は手順を踏めばいいだけの綺麗なバランスが成立しており、ゲーム的な面白さはその部分に集約されている。謎を解く、あるいは周回手順を踏むためにプレイヤーは夜の学校内を右往左往せざるを得ないのだが、その前に立ちふさがるのが、本作で圧倒的な存在感と狂気ですべてのプレイヤーを戦慄させる絶対無敵のエネミー。その名は「守衛」だ。

 

モブの外観とハイポテンシャル「守衛」

そもそも本作はジャンルに「ホラーアドベンチャー&恋愛シミュレーション」と冠してある割に、ほとんど恋愛要素はない。本来ならレビューの骨子を「恐怖体験と恋愛体験の両立はどうなされているか?吊り橋効果とは」とシフトしていきたかったところではあるが、吊り橋効果について語ろうにも、ヒロインたちそれぞれと過ごす時間があまりない。それどころか、彼女たちはほぼイベントシーンにしか登場しない。その上、突如現れたかと思えば、ほぼ初対面の主人公に対して謎の親近感を見せたり、突如やたらと高圧的な態度で罵倒したり、異常に冷淡な態度を見せたりしてくる。いくら恐怖体験の最中に出会ったとはいえ、謎の理由で現れたり消えたり意味不明な言説をぶつけてくるヒロインに感情移入するのは大変に困難だろう。

一言でいえば、ゲームを通じて失礼なヒロイン達

それよりはむしろ、ゲームプレイ時の意識の9割を持っていかれている「守衛」の方が、よほど気になる存在である。それほどまでに「守衛」の存在は本作が与える印象の中核を担うものだ。「守衛」がなんなのかといえば、それは「守衛」だ。学校を見回り不審者が侵入していないか、手に持った懐中電灯で廊下を照らしながらチェックし続ける。ただし一般的な守衛と多少違うとすれば、不審者を見つけると問答無用で追いかけまわし、相手が死ぬまで殴打し続けるところだろう。

それに対してプレイヤーができる行動は、ただ「逃げる」か「隠れる」かだけだ。攻撃手段どころか何の対抗手段も持たない主人公は、「守衛」に見つかったら兎に角視界から逃れて隠れることしかできない。その上、舞台は学校であり廊下は狭く、すれ違ってやり過ごすことすらほぼ不可能。その時は一撃を食らうことを覚悟しなければならないが、難易度「ノーマル」では三回、最高難度の「激リアル」では守衛の殴打一回で主人公は死亡してしまう。できれば振り切りたい、できる限り見つかりたくない。

この角度で発見されると正直やるせない気分になる

名作である初代『メタルギアソリッド』のプレイ中に、こういう思いをしたことはないだろうか?「衛兵が潜入している敵を発見、見失って一定時間経つと警戒を解く。これは理屈に合わない」と。現実で潜入している敵を見失ったら、時間経過で警戒を解くどころか、見つかるまで延々と厳戒態勢を崩さないだろう。しかしどんなに表現がリアルになったとしても、ビデオゲームはビデオゲームだ。FPSで撃たれて減った体力が自然に回復するのも、格闘ゲームのキャラクターの体力がドットになっても動きが鈍くならないのも、全てゲームのお約束だ。

しかし「守衛」の五感は、部分的にではあるが、通常の人間を凌駕している。特に暗闇の学校という設定で考えれば、彼の、特に縦方向の視野角の広さは尋常ではない。主人公が吹き抜けステージの3階でしゃがんで息を潜めて座ってる時でも、1階にいる「守衛」に割とあっさり発見されてしまう(この異常な視野角は後にアップデートで緩和された)。さらに彼は学校内をランダムでうろついているため、想定していない場所で出会うことがかなりある。本来見えないはずの壁の向こうにいても、手に持っている懐中電灯の光が透過して守衛の居場所がわかることがあるのだが、攻略手順のため今から向かわなければならない方向にじっと動かずにいることもある。追ってくる守衛から逃れてトイレに隠れ、しばらくして外に出ようとすると、ずっとプレイヤーが出てくるのを待っていたりする。

「ゲームだからなんだ?お約束など知るか」と言われれば真っ向から文句も言えないレベルの傍若無人ぷりは、ホラーゲームでは珍しくアップデートでバランス調整という名の弱体化が図られるほどで、それはやはり恐怖の存在というより戦慄の存在という形容が相応しいだろう。格闘ゲームよろしく、壊れキャラと呼んでもしっくりくる。

一方で、作り込みのあらは目立つ上に、プレイボリュームもけっして長いとは言えないが、プレイ後に振り返れば、全体的なプレイフィールはけっしてネガティブなものではない。夜の学校の雰囲気はよく表現されており、ストーリーは一周ではなかなか理解しづらいものの収集要素で補完され、プロットは多重構造で考察の材料には事欠かない。日本人には馴染み薄い「伽耶琴(カヤグム)」という韓国の弦楽器が紡ぐ音楽による恐怖演出は、多くの人にとって新鮮な情感を与えてくれる、優れたものだと言える。

時折ローカライズの粗さも目立つが、気になるほどではない。確かに五月五日は「わかめの日」である
確信犯的な匂いもする

 

『WHITEDAY』に隠された真の恐怖

ここからは筆者の感想になるが、本作のプレイ中、冒頭からエンディングまでの間に、ひたすら頭にこびりついて離れなかった疑問がある。拙文を最初から読んでいる方で妙なひっかりを覚えた方もスルーした方も、もう一度ゲーム概要の冒頭部分を読んでみてはいただけないだろうか。

「転校してきたばかりであまり友達もいない主人公の高校生「山本勇人」。本作のヒロインである「四宮しずく」が偶然落とした日記帳を返しキャンディーを贈るために、彼がホワイトデイ前日の3月13日に夜の学校に忍び込むところから物語は始まる。」

違和感を感じないだろうか。主人公が転校してきたばかりで友達が少ないのはしょうがないし、学校で誰かに一目惚れするのも結構なことだ。しかし、別段それまで関わりのなかった、ほぼ見ず知らずの女の子へキャンディーを贈るために、3月13日の夜に学校に忍び込む人間。その人物像を思い描く時、『WHITEDAY』の真の恐怖は、主人公そのものに隠されているのではないかと思わざるをえない。あまりの違和感に、もしかすると韓国のホワイトデーは日本のホワイトデーと意味合いが違うのではないかと思い調べたが、立ち位置的にはそう大きな違いはなく、そうなるとますます「山本勇人」君の本質は謎につつまれる。

主人公が学校への潜入を決心した背景には、「四宮しずく」が夜な夜な学校に出入りしているという噂がある。しかし、それを鵜呑みにしたとして、通常の意思能力が備わった高校生が、キャンディーを贈るために夜の学校に忍び込むだろうか。さらに言えば、彼はいったい何を期待してわざわざ「3月13日」の深夜、つまり3月14日のホワイトデー直前を決行日として選んだのか。

筆者は決して女性の心理に鋭いわけではないが、仮に自身が学校に重要な用事があり夜に訪れた女性だったして、ほぼ知らない男子が深夜、それもホワイトデーに合わせてキャンディーを渡しにきたとしたら、間違いなく“ドン引き”するし、下手をしたら身の危険を感じる。もしあなたが男性だとしたら、同じような事をされたらどう思うか、周囲の女性に聞いてみてほしい。女性なら自分の身に置き換えてみて欲しい。もし本作の舞台が普通の学校で、深夜に心霊現象など一切起こらず、守衛がそこまで好戦的な性格でなければ、もしかしたら別の意味での「恐怖の一夜」が始まっていたのかもしれない。

そう、本作の本質的な恐怖は、サイコパスあるいはソシオパス的であり、一種猟奇的な匂いも併せ持つ主人公「山本勇人」の深くて冥い心の闇にあるのではないだろうか。さらに、深夜の学校に忍び込むほど恋焦がれていたメインヒロイン以外のヒロインのエンディングを見ると、結局のところ山本君は自分に好意を寄せてくれる女性なら、たとえ意味不明な事をまくし立てるだけで理解不能な女子だろうが、誰でもいいことがわかる。全方位ロックオン型の無節操な青い劣情の化身のような一面も垣間見え、なかなかに感慨深い。

「絶景」には「絶景」たる理由があり、多くの人を深く感動させる要件が揃っているから「絶景」なのだろう。しかしあまりにも優れた物は時に受けての想像力に一定の制限を持たせるものでもある。まれに「日常風景」は個々人の想像力によりとんでもない発見を見せてくれることもある。何がとんでもない発見であったか繰り返すつもりはないが、『WHITEDAY』という異色のゲームは、ごく個人的な「お気に入りの光景」フォルダには入る写真になった。狂気の守衛と狂気の高校生、二人のスナップ写真は「ある」意味で永遠に心に残る宝物だ。