スマホで“普通”に遊べるシューティングを作りたい。『アカとブルー』開発元のタノシマス木村浩之氏に聞く

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みなさんはデジゲー博をご存じだろうか。プロアマ問わず個人・少人数グループ制作による同人ゲームやインディーゲームが展示・頒布されるイベントだ。2013年より年1回のペースで開催されており、1回目は100弱サークルだったのが、昨年(2016年)11月13日に開催された第4回では200以上のサークルが出展し、回を重ねるごとに注目を集めている。 そのデジゲー博2016でシューティングゲームファンの中で話題になったゲームがあった。株式会社タノシマスによるiOS/Android用シューティング『アカとブルー』だ。タノシマスは2015年4月に設立されたゲーム開発会社で、代表取締役の木村浩之氏はシューティングゲームでお馴染みの株式会社ケイブに務めていた経歴の持ち主だ。 このオリジナルシューティングゲームはどのような経緯で生まれたのか、これまでの経歴も含めて木村氏にじっくりと話を聞いてみた。  

「シューティングゲームはそんなに好きじゃなかったんです」(木村氏)

木村氏が最初に勤めたのは2004年、フィーチャーフォン(いわゆるガラケー)向けのアプリゲームを作っている開発会社で、企画営業として入社した。企画書をまとめ、パブリッシャーにゲームを売り込みに行く仕事だったそう。ただ、「あまりにブラックな体質の会社だった」ため1年ほどで退社、その後はゲーム大会運営などを手がける会社を経て、念願のプランナーとして家庭用ゲームを中心とした開発会社に勤務することになった。 ここでいくつかのタイトルでディレクターを経験すると、友人から「ケイブにこないか?」との誘いを受ける。ケイブといえばシューティングゲームだが、この段階で木村氏はシューティングに対して特別な思い入れがあるわけではなかった。

“やっぱりケイブに入る人はみんなシューティングゲームが大好きなんですよ。面接に行ったら当然のように僕もそう思われていたんです。もちろんシューティングゲームは遊んでいましたけど、作りたいかと言われるとそうでもなかったので、面接で「どんなシューティングゲームを作りたいですか?」と聞かれて、「別に」って答えてしまったんです。最悪ですね(笑)”

逆にそれがよかったのか2010年にケイブへ入社、最初に手がけたのがXbox 360版『赤い刀 真』だった。

株式会社タノシマス 代表取締役 木村浩之氏

木村氏がケイブの開発体制で感じたことは、アーケード版から忠実に移植することに全精力を注いでいるな、という点だったという。

“もちろんそれは大事なことなのですが、逆にそこ以外の部分がどうしても後回しになっていたんです。なので、自分がディレクターとして担当するからには、移植以外のところも家庭用ゲームソフトとしてしっかり作り込むようにしました。移植度に関しては任せておいて大丈夫なんです。今まで誰も手をつけていなかったメニューまわりやUIなど、そういう根本的なところにメスを入れたんです”

それまでケイブから発売されていたXbox 360用シューティングゲームのメニューはほぼ統一されたものだったが、これを一新させて、よりビジュアル的かつ直感的にわかりやすいものに仕上げた。内部からは「ゲームそのものは作らないのか」という批判的な意見もあったそうだが、それでも木村氏はメニューまわりをバージョンアップさせ、遊び安くすることにこだわった。

“自分は製品クオリティーを一段階アップさせるために、その力を使いました。メニューやUIまわりは何度も目にするものなので、しっかりしたものにしたかったんです”

 

「もうゲーム開発の仕事は辞めるつもりでした。それを妻に相談したら……」(木村氏)

以降、スマートフォン用シューティングゲーム『DODONPACHI MAXIMUM』やアーケード用シューティングゲーム『怒首領蜂最大往生』でディレクターを務め、ケイブでキャリアを積んだ木村氏だが、ここで大きな岐路に立つことになる。ソーシャルゲームブームがやってきたのだ。 ケイブは2010年、携帯電話用ゲームとして『しろつく』をサービスインさせたのだが、これが多大なる利益をもたらした。こういった背景もあり、組織編成でソーシャルゲームの部署へ異動という流れになる。儲かっている部署に人材を回すのはごく当たり前のことだが、異動後はどうも思うように力を発揮することができなかったという。

“本当にいろんなことがあって……。もうケイブでは僕がやることないんじゃないかと判断して、会社を辞めることにしたんです”

辞めると決めた直後、以前勤めていた開発会社時代にお世話になったバンダイナムコスタジオから連絡があり、スマホ用ゲーム『太鼓の達人RPGだドン!』のディレクターを務めることになる。当初はサービスインまでという話だったのが、開発上の流れで運営まで関わり、結果的に1年以上携わることになった。 この仕事が終わった段階で、「ゲームの仕事は辞めるつもりだった」という。

“もうゲーム業界ではやることやっちゃったかな、と思ってしまったんです。業界の先輩の話とか聞くと、開発が忙しすぎて家族サービスがまったくできないとか言うじゃないですか。子どもと遊ぶ時間がまったくないとか。結婚もしていたので、そういうことを考えてしまったんです。もうゲーム業界の仕事はいいや、と”

木村氏は妻にすべてを打ち明けた。もうゲーム業界には未練ないし、やりたいことはやったから、明日からは家族のためにがんばるよ、と。これまで散々迷惑かけてきたんだし、これでやっと妻にも恩返しができる。そんな気持ちだった。ところが、妻からの返事は意外な言葉だった。

“あなた、無理してるでしょ” “そんなあなたと結婚したんじゃない” “ゲームを作っているあなたが好きで結婚したんだから” “これからは、自分のためにゲームを作ったら?”

 

「会社設立したら、最初に作るのはシューティングにしようと決めていました」(木村氏)

妻の言葉に奮起した木村氏は、2015年4月にゲーム会社を設立した。社名は「タノシマス」。日本語の名前にすることは決めており、いくつかの候補からこれに決めた。また、会社を作ったら、最初に作るゲームはスマートフォンでシューティングにしようと決めていたという。

“プラットフォームは何がいいかなと考えた場合、まず家庭用は無理なんですよ。開発機材がないし、導入コストも高いので。じゃあPCかスマホか、ジャンルは何にしようとなるのですが、自分が過去にスマホでシューティングゲームの開発に携わった経験もあるから、スマホでシューティングゲームにすることにしました。開発コストや期間も読みやすいですし、それなりにシューティングゲームがどういうものなのかは学んできたつもりなので”

スマートフォンとシューティングゲームは相性がいい、と木村氏は語る。短時間で爽快感を味わえて、ハイスコアを目指して何度もプレイしてもらえる。また、いまこの時代だからこそ「普通のシューティングゲーム」を出したいという気持ちが強いという。普通のシューティングゲームでその楽しさを知ってもらい、そこから他社さんのシューティングなどもっと深く楽しめるものを遊んでもらって、シューティングゲームは難しいという固定概念を崩していきたいそうだ。 開発は順調に進んでいたのだが、2015年12月の段階で作り直す判断をした。

“当初は他社IPを使ったシューティングだったんです。企画も通って進行してたんですが、さまざまな事情があって止めることにしました。そのまま仕上げてリリースすることもできたと思うんですが、なんか違うなって。そこからオリジナルIPでイチから作り直すことにしたんです。ここが本プロジェクトの大きな分かれ目でした”

ここでは詳しくは述べないが、ここを読んでいる読者であればもちろん知っているであろうゲームを元にしたシューティングだったのだが、最終的には開発中止の判断を自ら行った。 そんな事情もあってさまざまな部分を見直し、完全にオリジナルタイトルの『アカとブルー』として開発を仕切り直した。

 

「本作は“普通”を目指して作っています。でも普通に作るのが一番難しい」(木村氏)

前述のとおり、ゲーム内容は極めてシンプルなシューティングゲームになっている。画面を見てもらえばわかるが、近未来感漂う戦闘機に乗って、敵機を倒していくものだ。

“初心者向けと考えた場合、どんどん要素を減らしていく必要があるんです。シューティング慣れした人なら通常ショットとボムの撃ち分けは簡単にできるんですが、初心者にはそれができないんですよ。2つのボタンを使い分けるという説明を聞いた時点で“難しい”と感じてしまうんです。また、敵弾数を減らすことが初心者向けではないんですよ”

たとえば、『スーパーマリオ ラン』はジャンプ操作だけに特化したゲームで、初心者には非常にわかりやすいゲームになっている。『アカとブルー』はシューティングとして「避ける楽しさ」に絞ったゲームバランスを目指しているという。 画面をタッチし、スワイプすれば自機は移動し、ショットはオート(画面タッチ中は撃ち続けている)。初めてプレイしたときは「え?」と思うほど敵弾が多く感じるかもしれないが、避けることに集中できるため、「こんなたくさんの弾の中をすいすい避けてるぜ」という気持ちよさにつながっている。もうひとつの操作はボムで、移動で使用している指以外の指で画面をタッチするだけでオーケー。操作はこれだけなので、基本的には移動(弾避け)に集中できるというのがポイントだ。

“お客さんに普通だなと思ってもらえるシューティングを目指しています。うちのタイトルでシューティングに慣れてもらったら、他社さんのシューティングにも興味を持ってもらえればいいなって。“普通”を作るのが一番難しいんです。でもそこに挑戦して、普通に面白いシューティングを目指して開発中です”

 

「今春配信を目指しています。1000円以上にはしません!」(木村氏)

開発メンバーはディレクターを務める木村氏と、氏と長年一緒に開発をしてきたプログラマーの藤岡裕吾氏の二人が中心メンバーで、一部外部のクリエイターを起用している。キャラクターデザインはイラストレーターの佐悠氏。キャラクターデザインは初めてとのことだが、その絵柄に惚れた木村氏が頼み込んだとのことだ。サウンドはWASi303氏。株式会社サクセスのサウンドグループに所属しているが、シューティングゲームを中心に外部の仕事も受けている。過去に一緒にシューティングゲームを開発したこともあり、今作も引き続き担当してもらったという。逆に言えば、ほとんどの作業をタノシマスの2人でこなしている。敵キャラも「1年前から独学で勉強し始めました」という木村氏がコツコツと3Dモデルを作成しているというから驚きだ。 そんな『アカとブルー』だが、今まさに開発は佳境で、今春配信を目指している。買い切りによる配信を予定しており、「1000円以上にはしたくない」とのこと。ちょっと気が早いのだが、次回作について木村氏に話を聞くと、「次もシューティングを作りたいですね」とのことだった。ケイブに入社したころは、作ったことがないからよくわからないジャンルだったはずが、今は2年近くもシューティングゲーム作りに没頭している。 シューティングゲームは、プレイヤーだけでなく開発者すらも虜にする魅力を持ったジャンルなのかもしれない。

ボスキャラを3Dソフトで制作する木村氏

株式会社タノシマス公式サイト http://tanoshimasu.com/

タノシマスチャンネル https://www.youtube.com/channel/UC4htxAFD6TNdcbh_eKxnY1A

(C) 2017 TANOSHIMASU CO.,LTD.

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高校卒業の1986年、パソコンゲーム雑誌「テクノポリス」で働き始めて、CGコーナーやゲーム紹介・攻略を担当。1994年にゲーメスト発行元の新声社へ。1999年にはアスキー(のちのエンターブレイン、現KADOKAWA)へ転職してファミ通ドリームキャスト、ファミ通Xbox 360などの編集に携わる。いくつかの雑誌では編集長に就任。現在はフリーライターとしてゲーム関連メディアを中心に活躍中。ゲームと名の付くものなら、家庭用ゲーム、スマホ、パソコン、もちろんアーケードも遊ぶ。近年はボードゲームにも手を出し始める。