ヒットタイトルを数多く生み出した、岡本吉起インタビュー 借金十数億円のゲームリパブリック時代

1つのゲームをモチーフに、各分野のプロフェッショナルにお話を聞いていく、Zing!とのコラボ記事第2弾。今回ピックアップするのは“ゲーム会社の経営”をモチーフにしたシミュレーションゲーム「Mad Games Tycoon」。ゲーム開発をはじめ、会社の設備投資や人事など同作でテーマとなっている「ヒト・モノ・カネ」は傑作タイトルを生み出すのには欠かせない要素だ。そこで、今回お話しを聞くのは現場から監修レベルまでゲーム業界の全てを知り尽くした著名クリエイター・岡本吉起氏。

AUTOMATONサイドでは、『タイムパイロット』や『ストリートファイターⅡ』といった数々のヒットゲームを世に送り出してきた氏に、業界に携わるきっかけとなった新人時代から“行方不明”とまで言われたどん底のゲームリパブリック時代を振り返ってもらった。

スポンサーリンク

ゲームはあんまり好きじゃない

――まずは岡本さん自身について伺います。ゲームがお好きだったんですか。

早速、厳しい質問ですね~(笑)。あんまりゲームは好きじゃないんですよ。ゲームを作るのは好きなんですけど、プレイするのはあんまり。あくまでも個人的な意見ですが、ゲームの制作者は面白くない時にプレイして、面白くなったら出荷するんです。だからゲームにいいイメージを持ってなくて。それと職業病なのか、ゲームの制作背景が分かってしまって、純粋に楽しめず分析してしまうんです。「苦労して作ってるな~」とかね。でもボードゲームの「モノポリー」はハマりましたね。みんなでワイワイ楽しんで遊んでいました。

――ではなぜコナミに入社されたんですか。

最初はイラストレーター募集の求人広告を見て、「絵が描けたらいいや」くらいの気持ちで応募しました。入社してから「じゃあゲームのキャラクターを作って」と言われて、コナミがゲーム会社ということを知りました。右も左も知らないド素人だったので、そこでゲームのイロハを教わりました。

――そこで本格的にゲームに触れたと。

 

『タイムパイロット』制作


――そのコナミ時代に伝説ともいわれる『タイムパイロット(※)』を作られるんですよね。
 
懐かしいな~。はじめは会社から運転教習所のゲームを作れと言われたんですよ。

タイムパイロット 1982年にリリースされたコナミのアーケードゲーム。全方位へのスクロールが可能なシューティングゲームで、当時大ヒットを収めた。

――教習所ゲームからなぜシューティングゲームに。

上司の目を盗んでデザインを変更していったら、車に翼が生え、微妙に変化していった結果、最終的にはジェット機が弾を打っていましたね(笑)。

――こっぴどく怒られたのでは。
  
クビだと言われました。当然ですよね(笑)。

――その後、83年にカプコンへと移られた経緯は。

実際にはいろんなゲーム会社からオファーがあったんです。かなり高条件も提示された超売れっ子だったんですけど、カプコンのオーナーの辻本さん(※)に「ゲームの開発を任せる」と言われて。その一言に心をつかまれました。「こんな若造でいいの? 好きにしていいの?」なんて意気込んで入社したら、開発チームなんてなくて(笑)。全くのゼロからのスタートでした。社員番号0009番でしたからね。

辻本さん カプコンの創業者で現·代表取締役会長兼最高経営責任者(CEO)の辻本憲三氏。

――そこからは破竹の勢いでヒット作を生み出していきますよね。その秘訣は一体なんなのでしょうか。
 
僕のゲーム作りは何かから影響を受けて、それにアレンジを加えてアップデートするというものばかりでしたね。『ストリートファイターⅡ(※)』然り、前作があったからこそのヒットだと思っています。当時はオリジナルを作る実力が備わっていなかった。

ストリートファイターⅡ 1991年にカプコンからアーケードゲームとして登場し、爆発的ヒットを記録。言わずと知れた対戦型格闘ゲームの傑作。

――影響を受けるのは、やはりゲームが多いんですか。

ゲームや映画、漫画ですね。当時は見たり読んだりした時に、これはゲームにできるかもと思っていました。詰めの甘い作業ばかりでしたよ。


――詰めが甘かったと言いますと。

ひとつふたつ閃いただけでスタートしていましたね。まさしく見切り発進。作業進めている際中になんとかなるだろうと、力技で完成まで持っていきました。でも不思議と企画が頓挫したことはないんですよ。今思えばヒヤヒヤする進め方だなと思います。

 

ドン底を味わったゲームリパブリック時代

――それから20年近く勤めていたカプコンを退社。在籍時からゲームリパブリック(※)を設立することは決めていたんですか?

計画してなかったです。退社した時は42歳。ずっとゲームばかり作っていたし、変にネームバリューがあってハードルが高かったのか、どこも(自分を)ほしがらなかったんですよ。声も一切かからなかった。

ゲームリパブリック 2003年に岡本吉起氏が設立したゲーム開発会社。巨額の負債を抱えたため経営破綻となった。
 

――ゲームリパブリックを設立するにあたって、ヒト(仲間)はどのように集められたんでしょうか。

カプコン時代の取引先や元同僚、知人が多かったですね。その知人の知り合いを呼んでもらい、ツテを頼りに集めました。

――ゲーム制作のキモとなるモノ(ハード面)に関してはどう調達されたんでしょうか。

最初はソニーが開発資金として支援してくれました。その資金で設備を整えました。順調な滑り出しでしたね。最初はプレステ2(PlayStation2)の制作で、プレステ3(PlayStation3)のローンチタイトルも手掛けました。不景気の影響で、ソニーの契約が打ち切られてからはピンチでしたね。それでもアメリカのファンド系からビッグプロジェクトをもらって、それを回していました。でもリーマンショックで彼らが倒産して、僕が抱えた借金は十数億円。

――すさまじい金額ですね。
  
そうですね。なんとかして負債を返さなきゃと思っていて、その後にバンダイナムコに声かけてもらえましたけど、それも長くは続かなかった。バンダイナムコが大人数のリストラを決意したタイミングで、かなり予算は削られました。進行中のゲームを作らなければならなかったので、契約は切られなかったんですけど、もらえたのは社員の給与分だけ。家賃や光熱費、厚生年金は払えなかったので、僕自身の借金はどんどん膨らんでいきました。残業代も払えなかったので、罵声は浴びせられるし、優秀なスタッフから辞めていく。それに伴って作れるゲームのクオリティも下がり、最初320名いた社員が最後は私一人になっていました。それでも少しは返済しましたけど、その時の借金は十数億円のまま。一人でできることなんて何もなく、会社をたたみました。

――壮絶な時代だったんですね。その後はどうされていたのでしょうか。

ネットでは「死んだ」や「海外へ逃亡した」と言われていました(笑)。その後はゲームリパブリックの残党が立ち上げた394(※)という会社に出向して、なんとか食い繋いでいました。

394 ケータイアプリゲームの開発会社。のちにでらゲーに吸収合併。
 

――元々アーケードやコンシューマゲーム畑だった岡本さんが、ソーシャルゲームを覚えたのはその頃なんでしょうか。

そうです、394の時代に覚えました。ずっとアーケード、コンシューマーをやっていたので、ソーシャルゲームを理解するのに3年はかかりました。最初はソーシャルゲームに対して、違和感しかなかった。作り手たちが新しいモノを作ろうとしていないような気がします。既存にあるゲームのイラストを変えるのが主流でしたし、それで良しとされていました。ソーシャルゲームの勝ちの法則みたいなものを説明されて……。彼らがやったことは全て正解ですし、確かに勝てる方程式だったんですよ。でもやった項目をどこか変えれば、もっとヒットするかもしれないじゃないですか。変えて挑戦したいと言いましたが、全て却下されましたね。

――作り手としてかなり辛い状況ですね。

あの時はほんとに辛かった。しかし、その勝利の方程式も長続きはしなかったです。今までとは全く違うアプローチで大ヒットしたソーシャルゲームがリリースされるんです。それが『パズル&ドラゴンズ』です。あの時にシーンの図式がガラッと変わったように思えます。そこで何かが完全に吹っ切れましたね。「だったら僕のわがままを通させてもらいます」と言い放って、自分自身の中に再びゲームへの火が付きました。『パズドラ』以降はようやくゲームらしい作品が多くなり、あれがソーシャルゲームの夜明けだったと思っています。

※「PlayStation2」「PlayStation3」は株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメンの登録商標または商標です。

後編はこちら(Zing!)


岡本吉起
1961年生まれ。81年にコナミに入社。83年には創業間もないカプコンに移り、『ストリートファイターⅡ』など、数多くのヒットゲームを生み出す。03年にカプコンを退社し、ゲームリパブリックを設立。自らのスタジオで大作ゲームの製作に着手する。しかし、10年頃から経営難になり、11年には実質的に活動停止。13年にリリースされた『モンスターストライク』の開発に携わる。
=================================================

[聞き手・執筆:Shun Kohda(トライアウト)]
[撮影:Daiki Sekimizu(トライアウト)]
[Special Thanks:Zing!]

ニュース

Indie Pick

インタビュー

レビュー・インプレ

Devlog