AAAタイトルは開発者を破壊する。『Uncharted』シリーズの Amy Hennig氏が語る過酷な労働環境


Amy Hennig氏といえば、Naughty Dogsの『Uncharted』シリーズやCrystal Dynamicsの『Legacy of Kain』シリーズでディレクター/脚本家を担当したことで有名だ。Podcastチャンネルの Idle Thumbs ではそんな彼女をゲストに迎え、10月4日、約1時間40分におよぶインタビューを公開した。『Uncharted』シリーズの開発過程や、開発途中でプロジェクトを抜けた『Uncharted 4: A Thief’s End』(以下、Uncharted 4)の脚本/キャラクターのどこまでがHennig氏によるアイデアなのか、という興味深い話題が続く中、大規模なAAAゲームの開発につきまとう過酷な労働環境の問題について思いを述べた。

 

「ゲーム開発への情熱」と「私生活」を天秤にかける

現在はVisceral Gamesにて「Star Wars」ゲームのディレクターを担当しているAmy Hennig氏
現在はVisceral Gamesにて「Star Wars」ゲームのディレクターを担当しているAmy Hennig氏

ゲーム開発が終盤にさしかかると、プロジェクトチームは締め切りに追われ、徹夜をふくむ長時間労働を連日くりかえす期間が訪れる。海外ではこれを“Crunch”と呼んでおり、その過酷な労働実態は長く問題視されてきたが、いまでもゲームに限らず広くソフトウェア開発にはつきものとされている。『Uncharted』シリーズにいたっては、約2年おきに新作をリリースするという窮屈なスケジュールが影響し、常時“Crunch”状態であったという。「Naughty Dogs時代に勤務時間が週80時間を切ることはなかった。週7日、最低でも1日12時間働き続ける日々が10年間続いたわ。稀に1日2日休みを入れることはあったけどね」。もちろん、Hennig氏はプロジェクトリーダーであったため他のメンバーよりも業務量は多かったと思われるが、他のメンバーも健康を悪化させ、私生活でも離婚を経験するなど、長時間労働により何かしらを犠牲にするケースは多かったという。

こうした犠牲のともなう労働環境について「ゲーム業界として改善していかなければならないのに、賭け金がつり上がっていく一方で、勝ちようのない軍拡競争をしているようなもの」と語っている。Naughty DogsのようなAAAゲームを手がけるデベロッパーは最先端の技術を追い続ける必要があるうえ、新作を出すたびにファンの期待度が上がっていくため、前作よりもコンテンツ量を減らすことは許されない。またシリーズ化が進むほど新しいアイデアは出にくくなり、より長い時間を要するようになる。そうしたプレッシャーの中で開発者たちは休む暇なく働き、疲弊していく。

Hennig氏は『Uncharted 4』の開発途中でNaughty Dogsを去ったが、主人公Nathan Drakeの兄弟を登場させるアイデアは彼女が出したもの
Hennig氏は『Uncharted 4』の開発途中でNaughty Dogsを去ったが、主人公Nathan Drakeの兄弟を登場させるアイデアは彼女が出したもの

「では週60時間労働で『Uncharted』のようなAAAタイトルを開発できるのか」という問いには「開発期間が延びることを許容できるかが問題」と答えている。ゲーム業界に競争はつきもので、大手になればなるほど四半期ごとの業績に追われ、ゆとりを持った開発期間を設けることは難しくなる。とはいえ「『Uncharted』のようなゲームを2年間、それもプリ・プロダクション(コンセプトを決める開発準備段階)からリリースまでを2年間で仕上げるのは異常なことで、持続可能なものではない」。そう語るHennig氏は「AAAゲーム開発に愛想を尽かし、インディーズやカジュアルゲームに移行した人を多く知っている」と述べ、「健全で倫理的な生活をキープしながらAAAゲームを制作するにはどうすればよいか」という問いに答えを出すことを今後の課題のひとつとしている。

 

IGDAによる“Crunch”への取り組み

労働環境への問題意識というのは何もHennig氏だけが抱いているものではない。転機となったのは、2004年に米国のゲームデザイナーErin Hoffman氏が匿名(のちに実名公表)でつづったEA: The Human Storyというブログ。Electronic Artsで勤める夫が置かれた「 残業代無し、1日12時間、週7日勤務」という労働環境と心身への影響を訴え、多くの共感の声がコメントとして集まった。ブログ投稿後には、夫Leander Hasty氏を原告代表、Electronic Artsを被告とした民事の集団訴訟により、未払い残業代の支払いを請求。2006年には、Electronic Artsが対象となる従業員に未払い分として計1490万ドルを支払うことで和解にいたる。

Hoffman氏の告発以降、サービス残業ありきの長時間労働は業界が抱える最も大きな課題の一つとして改善が図られてきた。それでも、NPO団体のIGDA(国際ゲーム開発者協会)による2015年度のデベロッパー満足度調査によると、回答者の62%が「“Crunch”を経験した」と答えており、 “Crunch” を経験した人のうち37%が残業分の報酬を得ていないと回答している。悪い知らせばかりに聞こえるが、こうした調査により不透明だった問題はデータ化され、IGDAが“Crunch”問題のイニシアチブを握ることを可能にした。

2016年のGame Developers Conferenceでは、IGDAのKate Edwards氏が“Crunch”問題の改善にむけた新たな試みをアナウンスした。同団体はこれまでにも、長時間労働は集中力や効率が落ちるため効果的でないという考えのもと各デベロッパーの労働実態について調査を進めてきた。今年度からはより詳細なデータを集め、もっとも理想的な取り組みがなされている企業をピックアップし発表するという。また、評価の低い企業についても公表していく予定だ。このように “Crunch” の問題を取り上げ続けることで、より多くの企業が従業員の管理ならびにプロジェクトマネジメントについて考えを改めるように仕向けることを狙いとしている。

ちなみにAmy Hennig氏は「“Crunch”による長時間労働は非効率的か」という問いに対し「半分は事実だと思う。生産的に働く能力が著しく落ちるのは確か」とした上で、「たとえ四つん這いの速度でも前に進んでいることに違いはない」と述べている。現に継続的な“Crunch”を経験しているNaughty Dogsが成功をおさめているだけに、否定しきれない意見だ。

IGDAのKate Edwards氏。Image Credit: Dean Takahashi/GameBeat
IGDAのKate Edwards氏。Image Credit: Dean Takahashi/GameBeat

IGDAの発表に対し、DirectXのAPI開発者として知られるAlex St. John氏がレスポンスしたが、これには多くの批判が集まった。彼の主張としては「ゲームは仕事ではなく芸術」であり、被雇用者目線ではなく、起業家のようなマインドと情熱を持ち、労働時間度外視で挑むべきもの。彼からすれば、そもそも長時間労働が問題視されるべき業界ではないのだ。John氏いわく「週80時間労働を愛せないならゲーム業界にとどまるべきではない」とのこと。

これに対しゲームデベロッパーのRami Ismail氏は「芸術であることと仕事であることは相いれないものではないし、ゲーム開発への情熱を持つことと自分を大切にすることも相反しない」と反論している。IGDAの取り組みは、マネジメント側の問題で生じる長時間労働の緩和と、残業分の給与を正当に得るための働き。あくまで「被雇用者」としての開発者を支援するIGDAと、「芸術家」として開発者の自立を促すJohn氏の意見は対立しているが、いずれも開発者たちのことを思っての発言である点に違いはない。

 

“Crunch” 否定派の声 避けられない人材流出

John氏はゲーム開発において犠牲はつきものという考えでいるが、それでは人材流出を止められないという意見もある。 “Crunch” 否定派であるStardock EntertainmentのDerek Paxton氏によると、短期間の “Crunch” であればチームを集中させ、やる気を引き出すことができるが、長期間におよぶと生産性は落ち、健康や人間関係に悪影響が出る。すると優秀な人材は他の業界に移ってしまい、長期的な視野でみれば業界全体にとってマイナスとなる。まだ家庭を築いていない20代前半の若者ならまだしも、キャリアを積んだ人材ほど、家族や子に時間を割くため週80時間越えの労働は避けたいと考えるだろう。そうして「豊富な経験と成熟した人生観を持った貴重な人材が業界を去ることになる」。

Paxton氏もまた「“Crunch” はマネジメントの失敗が生むもの」と考えており、「“Crunch” による長時間労働を名誉の印のように扱うことは止めなければならない」と述べている。その点、ゲームパブリッシャー/デベロッパーであるStardock Entertainmentは、長期的な利益をベースに事業計画を立てているため、短期的なリリース目標に固執することなく、健全な労働ペースを保てているという。Paxton氏いわく「ゲーム業界は人々を幸せにするという土台のもと立てられている。業界内で働く人もまた幸せであるべき」なのだ。

 

“Crunch” 肯定派の声 私生活を犠牲にするだけの価値がある

著名なゲームデベロッパーのなかでは少数派と考えられる “Crunch” 肯定派としては、『Populous』や『Fable』シリーズで有名なPeter Molyneux氏が挙げられる。Molyneux氏は「人間は不可能な出来事に直面したときにこそ、美しい最善の一手が生まれるのであって、そのためにも “Crunch” というエネルギーが必要」と語っている。彼が手がけた『Black & White』の開発中、各メンバーは9か月間にわたり週7日15時間労働を続けたが「当時のメンバーで、開発にかけた時間を後悔している人は少ないだろう。それはいまだかつてない、新しいものを生み出すようなかけがえのない体験だった」と振り返っている。

ただしこれはディレクターという立場からの意見であり、『Fable』にてMolyneux氏と開発をともにしたプログラマーのIain Denniston氏は1年間におよぶ “Crunch” 期間について、脳が働かず「まったく進捗がない日もあった」と述べている。職場の人間関係は悪化し「私をふくめメンバーの多くはストレス起因の病気により投薬治療を受けていた」という。彼にとってゲーム開発の代償は大きいものだった。ただそれでも『Fable』に携わったことを後悔していない点はPeter Molyneux氏と共通している。また、私生活におよぶ悪影響はゲーム開発を続ける代償としては大きすぎるが、それでも「過去の自分に戻れたとしても何かを変えるとは思わない」と語るHennig氏とも通ずるものがある。

 

ワーク・ライフ・バランスへ

Naughty Dogsを去ったあとも、Electronic Arts傘下のVisceral GamesにてAAAタイトルの「Star Wars」プロジェクトに携わっているHennig氏。インタビューの最後に「なぜゲームをつくり続けるのか」と問われた彼女は「幼いころからゲームや映画にインスピレーションを受けてきたけれど、そうした経験を提供する側に立てるというのは、とても幸運なこと」と答えている。Hennig氏の作品をプレイした人々からはフィードバックや感謝の声を、そして彼女の作品がきっかけでゲーム業界に入ってきた人との出会いもあったという。こうして人々の心を動かす力があるからこそ、過酷な労働条件に私生活を犠牲にしつつも、ゲーム開発をやめられないのだろう。

Amy Hennig氏が去ったのち『Uncharted 4』のディレクターを引き継いだNeil Druckmann氏にいたっては、ゲーム開発への情熱自体が物語のインスピレーションになっているという。 Druckmann氏はRolling Stoneのインタビューにてこう語っている:

Neil Druckmann氏: 「個人の情熱と、健全な私生活を送ることのバランスを取ることは可能か。その問いが本作の中心にあり、同時にそれは私たちゲームデベロッパーとしての人生の多くを投影している。“Crunch”が私生活にどれほど影響を及ぼすかは聞いたことがあると思う。我々はみんな、何かしらの形で人々の心を動かし、影響を与えたいと思ってこの業界に入っている。その情熱のために、ときには破滅的な結果を招くほどの激務をこなすこともある。本作ではそうしたものを探究したかった。パルプアクションアドベンチャーの物語を背景にしているけれど、我々がゲーム開発を通じて追求していることの隠喩になっているんだ」

ネタバレになるため伏せるが『Uncharted 4』でNathanが下した決断は、ゲーム業界の今後への願いが込められているようにも思える。“Crunch” 肯定派も否定派も、ゲーム開発への情熱があるからこそゲーム開発を続けている。今後はその情熱に「ワーク・ライフ・バランス」がともなうことで、より多くの人材がゲーム業界にとどまる未来を期待したい。