『ファイアーエムブレムif』欧米版から一部表現を削除、同性愛の矯正治療とみられる描写が国際的に問題視される

 

Nintendo of Americaは、国内で昨年6月に発売されたシミュレーションRPG『ファイアーエムブレムif』の北米および欧州版から、ドラッグを用いた同性愛者の矯正治療と受け取られる一部の描写を削除することを、海外メディアNintendo World Reportへの声明で明らかにした。本作は、シリーズで初めて同性婚の要素を取り入れたことで国内外のファンから大いに脚光を浴びる一方で、特定のシーンにおけるセクシャルマイノリティに対する扱いが非人道的であるとして、海外を中心に物議を醸していた。欧米に向けたローカライズを前に適切な処置がとられた形だ。

 

笑えない冗談

『ファイアーエムブレムif』は、2015年6月に任天堂から発売されたニンテンドー3DS用シミュレーションRPG。インテリジェントシステムズが開発を手がけるシリーズ第14作で、シナリオや難易度が異なる「白夜王国」と「暗夜王国」の2種類のバージョンが用意されている。同年7月には大型拡張コンテンツとして「インビジブルキングダム」がダウンロード配信された。キャラクター同士のカップリング機能に、シリーズでは初となる同性愛や同性婚の要素を取り入れていることが特徴で、セクシャルマイノリティに対する国際世論に配慮した任天堂の対応が、発売前から国内外で注目されていた。

ソレイユ Image Credit: Fire Emblem Wiki
ソレイユ
Image Credit: Fire Emblem Wiki

近年、多くの国や州で同性婚が合法的に認められる時流を受けて、2012年発売の前作『ファイアーエムブレム 覚醒』や、同社タイトル『トモダチコレクション』において同性婚ができないことに批判が相次いだ過去の経緯から、セクシャルマイノリティへの理解において後進国とされる日本で、任天堂が舵を切ったことは大いに評価された。一部では、2種類のバージョンでそれぞれ男性同士か女性同士のどちらか一方のカップリングしかできない仕様(後にDLCで可能になった)や、同性婚が可能なキャラクターは同性パートナーに主人公しか選べないという設定、同性によるカップリングには子世代のキャラクターが登場しないため攻略において不利になるといったゲームデザインに、多様性への配慮が足りないとの不満が寄せられていたが、一連の対応が時代を繁栄する大きなムーブメントであることは間違いない。

そんな中、特定キャラクターの性的指向をめぐる一部の描写が、配慮不足というよりは人道的な観点から問題があるとして、海外ファンの間で物議を醸していた。本作に登場する「ソレイユ」という女性キャラクターは、レズビアンであると名言はされていないが、同性キャラクターを恋愛対象のように捉える人物として描かれている。しかし、同性婚が可能なキャラクターではなく、パートナーには男性しか選べない。問題視されたのは、おそらく同性愛者とみられる彼女が男性パートナーと添い遂げるにいたるプロセスだ。

本作では、ユニット同士の親密度が一定条件を満たすと、そのレベルに応じてCランクからSランクの支援会話が発生する。男性主人公と「ソレイユ」の支援会話において、かわいい女の子を見ると卒倒してしまうという彼女の悩みを解決するために、自分以外の人の性別が逆に見えるという“魔法の粉”を、主人公が彼女の飲み物に盛るというシーンがある。一時的な効力しかなく、「ソレイユ」はその後も女性キャラクターに惹かれ続けるが、主人公との親密度がSランクに達すると、彼への想いが恋愛感情に変化したことを告白し、結果として結婚にいたるというもの。この描写が、安易なドラッグの使用としてだけでなく、同性愛の矯正治療と受け取られたのだ。

17分8秒からが問題のシーン

セクシャリティーの矯正行為は、主に一部の宗教団体によって同性愛を“治療”するという名目で行われているが、一般的には科学的な根拠がなく不可能とされている。また、同性愛を病気と決めつける偏見を増長させる行為であり、異性愛至上主義に基づいた非倫理的な扱いとして国際的に批判されている。その歴史はジークムント・フロイトが精神分析学を確立した時代までさかのぼる。同性愛を病理学の観点で取り扱うべきかについては、精神分析の歴史上さまざまな議論がなされてきた。20世紀初頭までは、病理学的に治療可能という見解が広まった時期もあるが、1930年代頃から大きな変遷を迎え、50年代には同性愛を病気と位置づける風潮に批判が集まった。現代において、性的指向は意図的に変更できるものではないとの考え方が強い。

これを受けて、Nintendo of Americaは、Nintendo World Reportに対して次のような声明を出した。「アメリカとヨーロッパで出荷されるバージョンでは、キャラクター間のイベントにおけるゲイ矯正やドラッグの使用と受け取られる描写はございません」。また、業界メディアKotakuによると、任天堂の担当者は次のように説明している。「ローカライズにおいて変更を加えることは珍しいことではなく、弊社も実際に本作を改変するにいたりました。作品をローカライズする際は、特定の地域において適切であることを念頭に行います。そうした観点から全ての決定を下しております」。しかし、指摘を受けたシーンがどのような形で差し替えられるのかについては言及されていない。

そのほか、『ファイアーエムブレムif』を象徴するタッチスクリーンを使ったキャラクターとのスキンシップ機能も、欧米版からカットされることが明らかになった。本作にはプレイヤーの拠点となるマイキャッスルの自室に仲間を呼んで愛撫できる“おさわり”機能があり、シミュレーションゲームらしからぬコンテンツに海外ファンからも高い関心が寄せられていた。「はい。(英語版から愛撫機能がカットされることは)事実です。日本のオリジナル版に関して、些か誤解もしくは誇張された情報が出回っているようですが、そもそも日本で不適切とされるようなコンテンツは日本版にも収録されておりません」と、担当者はコメントしている。確かに、キャラクターが喘ぐような音声は収録されているが、度し難い淫らな表現は一切ない。規制が厳しい欧米において、性的描写と受け取られることを懸念してのことだろう。なお、親密になったキャラクターと混浴ができる温泉は従来のままのようだ。

余談になるが、「ソレイユ」はそもそも潜在的にはバイセクシュアルだったのかもしれない。フロイトが人は誰しも多形倒錯(性的嗜好が定まっていない状態)をもって生まれてくると提唱したように、「ソレイユ」の“魔法の粉”体験を通してリビドーに変化が生じた結果、内に秘められた彼女の両性愛性が男性へと傾いたと考えることもできるだろう。しかし、歴史的な背景とその傷跡を鑑みれば、渦中のシーンが非倫理的であるとの見方が強まることは否めない。「ソレイユ」にまつわるシナリオもまた、多様性の一つとしての表現だったのかもしれないが、国際的に見れば笑えない冗談になってしまったようだ。