一部の開発者がコピーガードを導入しない理由とは、海賊版の流通は本当にゲームの売り上げへ影響するのか


先日、ポーランドのゲーム開発スタジオFlying Wild Hogは、同社の新作『Shadow Warrior 2』をDRMフリーで発売する理由について、作品やプレイヤーへ悪影響を及ぼし兼ねないからであると、海外メディアに対して説明した。近年、世界最強と名高いコピー防止技術「Denuvo Anti-Tamper」(以下、Denuvo)の登場により、PCゲームの発売から海賊版が流通し始めるまでの時間が著しく長期化した傾向が注目されている。一方でFlying Wild Hogは、堅固なプロテクトが逆に作品のクオリティを貶める要因になる可能性を指摘した。コピーガードの導入とゲームの売り上げの関連性について紐解いていく。

 

コピーガード導入しても“割れ厨”は買わない

「Denuvo」は、オーストリアに拠点を置くソフトウェア会社Denuvo Software Solutions GmbHが開発した改ざん防止技術。ゲームソフトを特定のユーザーアカウントと紐付けることでコンテンツの無制限な利用を規制するデジタル著作権管理(通称、DRM=Digital Rights Management)とは異なり、Valve CorporationのSteamライセンスマネージメントシステムやElectronic ArtsのOrigin Online Accessといった、既存のDRMソリューションそのものを保護するようデザインされている。デバッグ作業や逆行分析、実行ファイルの改ざんを防ぐことで、DRMをバイパスできないようさらに強固な守りを提供するのが目的だ。そのため、DRMを組み込まれていないゲームに対しては何ら意味をなさない。

相対費用の観点から今のところ一部のトリプルA級タイトルにしか導入されていないが、発売日を待たずして違法コピーがインターネット上に蔓延するPCゲームの“割れ”事情に革命を起こした実績を持つ。最終的には海賊版が出回ってしまったが、『Dragon Age: Inquisition』は1か月、『Rise of the Tomb Raider』にいたっては半年以上、「Denuvo」のプロテクトが突破されることはなかった。いずれ破られてしまったとしてもクラッカーは膨大な時間を費やすことになる。それこそが「Denuvo」の真髄であり、コピーガード本来の目的といえる。今年1月には、中国のクラッカー集団3DMが『Just Cause 3』のコピーガードを突破できない実情から、2年後には世界から海賊版ゲームがなくなるかもしれないという不安感を露わにしたこともある。

DRMフリーで発売された『Shadow Warrior 2』
DRMフリーで発売された『Shadow Warrior 2』

そんな中、『Shadow Warrior 2』を手がけるFlying Wild Hogは、「Denuvo」をあえて導入しない姿勢を明確にした。Steamフォーラムにて、「可能な限り売り上げを保証したくないのか。発売日と同時に海賊版が出回って欲しいのですか。Denuvoがあれば、割られるのを何か月も待ちたくない無法者たちに購入させられるのですよ」とユーザーから問われた際、ゲームプログラマーのKrzysztof Narkowicz氏は、次のようにコメントしている。「決して不正コピーを容認するわけではありませんが、今のところ消費者に害を及ぼさずに止める手立てがないことは事実です。Denuvoを導入するということは、さらなる資金を投入してまで正規ユーザーにとってのゲームクオリティを下げることを意味します。正規品の映画にFBIの警告画面が表示されているようなものですよ」。

後日、Flying Wild Hogで広報担当を務めるArtur Maksara氏とTadeusz Zielinski氏も、業界メディアKotakuの取材に対して、同社がDRMを信頼していない理由について説明した。「トレードオフなのは明らかでしょう。少しは売り上げが落ちるかもしれませんが、クッキーの欠片がこぼれ落ちるようなもの(物事には少しくらい上手くいかない部分もあるという例え)です。それに良いゲームさえ作れば人々は買ってくれると思います。海賊版ユーザーはどのみち著作権なんて気にしないのですから。出処の分からない得体の知れない商品を使いたいのなら、自由にしたらよろしい」。つまるところ、コピーガードに多額の資金を投入したところで、端から著作権を気にしない不正ユーザーからリターンが得られる保証はないというわけだ。

 

商品価値の追求が海賊版の防止に繋がるか

今年8月、難攻不落の要塞として存在感を示していた「Denuvo」がクラッカー集団のCONSPIR4CYにより突破され、発売から半年に渡り守られ続けてきたPC版『Rise of the Tomb Raider』の海賊版が、ついにインターネット上へ出回ったことが明らかになった。ちなみに、「Denuvo」の牙城が揺さぶられたのは今回が初めてではない。2014年12月に一度3DMによって突破されたことがある。絶対に破られないプロテクトなど理論上存在しない。「Denuvo」の真の強みは決して破られないことではなく、クラックされるのを可能な限り遅らせることに加えて、その先に続く果てしない技術革新にある。事実、多くのPCゲームにおいて発売日を待たずして海賊版が出回る時世に、何か月経っても健在なコピーガードの存在は、ネットの海に跋扈するクラッカーたちへ突きつけられた前代未聞ともいえる反撃の一手になった。

しかし、開発者にとって安心の対価が決して安くはないのも事実だろう。事実、Narkowicz氏はKotakuに対して、「DRMの導入には実装とテストの過程が伴うものです。いつかは破られるプロテクトに時間と資金を費やすくらいなら、ゲームのクオリティを最大限に高めるためにリソースを割きたいと考えます」と説明している。実は『Rise of the Tomb Raider』のコピーガードが完全に突破される前夜、一時的に「Denuvo」をバイパスするループホールが発見されたことがある。その際、Denuvo社が対処するまでの3日間だけで、60万人のユーザーが海賊版に手を伸ばしたと言われている。この数字が、発売から半年以上が経過していた同作の売り上げにどこまで影響したかは定かではないが、違法コピーの不在が本当にセールス増加へ繋がるかどうかは疑問が残る。

Denuvoが半年守り抜いた『Rise of the Tomb Raider』
Denuvoが半年守り抜いた『Rise of the Tomb Raider』

以前、3DMが今後少なくとも1年間はシングルプレイヤーゲームの違法コピーに着手しないことを表明した際、グループの代表者“Bird Sister”は海賊版の撲滅がセールス増加へ繋がるのかを窺うのが狙いであると説明していた。確かに、商品が違法に複製された回数が売り上げ本数の減少として直接反映されるとは考えにくい。「“ぶっちゃけ、どうでもいい”(原文は“Frankly, my dear, I don’t give a damn”、1939年の映画「Gone with the Wind」に登場する有名な台詞)って言葉があるように、なるようになるでしょう。私たちは今までいつも支え続けてくれたファンが、今後も応援してくれることを願うだけです」と、Zielinski氏は語る。開発者にとっての優先事項はコピーガードではなく、あくまでも作品をプレイしてくれる消費者であるという姿勢を貫いている。

くわえてMaksara氏も、自由なアクセスを妨害することだけが防衛手段ではないと語っている。「この世界は完璧ではないし、そうなることは未来永劫ありえません。分かりませんけどね。私たちの意見としては、もし世界が完璧なら人々は海賊版ゲームなんて作らないし、デベロッパーを支持するために対価を払ってくれるでしょう。しかし、完璧ではない世界でもっとも効果的な海賊版対策は、ゲームが良作で洗練されていて容易に入手できて、かつ高すぎないことなのではないでしょうか」。この点に関しては賛否が絶えないだろう。以前、国内で初めて18禁美少女ゲームへ「Denuvo」を導入すること決めた経緯を、AKABEiSOFT2(あかべぇそふとつぅ)にインタビューした際、同社代表の三舛 啓氏は10年前とのユーザー心理の違いを語っていた。

これまでは購入者が多数派で、海賊版ユーザーは“割れ厨”(商用ソフトウェアを違法にコピーし配布・所有している人々のこと)と卑下されてきたが、近年は正規に商用ソフトウェアを購入している人々が“購入厨”と揶揄されているという。この現状を三舛氏は、正規ユーザーへの負担を軽減するために“割れ”対策を先送りにしてきた結果だと見ている。しかし、あかべぇそふとつぅの奮闘も虚しく、新作ゲームのプロテクトはことごとく突破されてきた。改良を重ねるイタチごっこには意味があるという同社の想いに、多くのユーザーが冷ややかなコメントを投げかけているが、海賊版の流通を少しでも遅らせたことは事実である。今後はコピーガードの導入にかかるコストが、海賊版の防止により得られる恩恵に見合うものかどうかに注目していきたい。