今月10月14日、パシフィコ横浜。Epic Gamesが主催する、ゲームエンジン Unreal Engine の大型勉強会Unreal Fest Eastが行われた。数ある講演の中で、特にその映像美で来訪者の目を惹いていた講演が「Nintendo Switch『OCTOPATH TRAVELER』」はこうして作られた」である(講演資料リンク)。

日本のみならず、欧州全域でもスマッシュヒットを記録し、発売後翌月には100万本出荷+DLを達成したことが告知されたNintendo Switch向けRPG『OCTOPATH TRAVELER(オクトパストラベラー)』。新規IPであるにもかかわらず、多くのプレイヤーを熱狂の渦に巻き込んだ。 そのヒットの要因はなんだろうか。

画像左:渡邊裕氏、画像右:飯塚三華氏

プレイヤーを広大な世界へと引き込むストーリー、ドット絵に最先端技術が合わさった幻想的なグラフィック、綿密に計算された奥深いバトルシステム、心揺さぶるハイクオリティな音楽……本作のヒット要因は枚挙に遑がない。しかし本作が上質なクオリティに至るまで、数多くの試行錯誤がなされていた事はあまり知られていないのでないか。

二度にわたる体験版の配信。そこから得られたユーザーからのフィードバックを受け止め、妥協をせずクオリティアップへと励んだスタッフたちの努力。ヒット作の裏には、それを支えるスタッフたちの飽くなきトライ&エラーの軌跡があった。

今回、筆者は幸いにも本作のリードアーティストであるアクワイアの飯塚三華氏、リードプログラマの渡邊裕氏両名の講演を聞く機会に恵まれた。本稿では『オクトパストラベラー』がプロトタイプ版、体験版を経て製品版に至るまでどのような進化を遂げてきたのか、その変遷を追っていきたいと思う。本作に採用されたグラフィック手法HD-2Dによる 独特なグラフィック表現。あの頃の憧憬を再現するにはどうすればいいのか?飯塚氏と渡邉氏はその熱い想いを壇上で語った。

HD-2Dとは昔ながらのドット絵に3DCG処理を加えた、次世代型ドット絵だ。決して古臭くなく、しかし「懐かしさ」を感じさせるグラフィックがメインコンセプトとして掲げられている。まず飯塚氏がスクリーンに映し出したのは、プロトタイプ段階でのゲーム画像であるまず目を引くのは、製品版では見かけないオフィーリアとハンイットを足して2で割ったようなキャラだ。スクリーン上では懐かしさも感じさせるドット絵のキャラが、陰惨とした洞窟内を歩き回っている。製品版と比べれば、まだ改善の余地のあるグラフィックに見えるかもしれない。しかしそこには開発初期から決してブレていない「ドット絵と最先端技術の共存」というコンセプトが感じ取れる。飯塚氏によると、キャラが持っている動的光源、それに合わせて動的にドット絵を変化させる事でこのような幻想的な風景を作り出す事に成功したという。

続いてプロトタイプ版のゲーム画像の第二弾が公開された。主人公トレサの故郷であるリプルタイドは、この時点ではブルーポートという名前の街だった。その画像には製品版でもおなじみのミックとマックの姿が映し出されており、会場からは笑い声が溢れた。この時点でかなり高水準なグラフィックを実現しているが、『オクトパストラベラー』のスタッフたちはまだまだ現状に満足はしなかったようだ。画面全体のスケール感の見直しや、レンズフレアの効果的な導入。環境光を入れる事により建物の影の部分が真っ黒にならないように配慮するなど、『オクトパストラベラー』の世界を構築するにあたり妥協はなかった。

たとえば、本作では室内外でスケール感が大きく変わると言う演出がある。本作の主人公の一人、サイラスのスタート地点であるアトラスダムの酒場画像を注意深く見てみると分かりやすい。

室内に入る前と、入った後で花壇の花の大きさが大きく変わっている事が一目瞭然。端的にいえば室内に入った瞬間に、物の大きさが2倍になっているのだ。本来なら違和感を抱かせるスケールチェンジだが、プレイしていてそこに違和感を覚えたことはなかった。扉を開けた効果音と共に外の照明がなくなり室内光源が広がる巧みな演出。そのおかげでプレイヤーが得られるのはまさに「扉を開いて新しい世界が開かれた」と感じられるユーザー体験だ。プレイしている最中は気づきにくい、こうした一つ一つの工夫を知った上で本作をプレイすればまた新しい発見があるかもしれない。

スタッフたちの映像へのこだわりはバトル演出にも反映されている。画面が退屈しないようにと、実はコマンド入力待ち状態ではカメラがゆらゆらと揺れているのだという。そのおかげで、ブーストアビリティの使用時など、山場となる場面でこそカメラワークが固定される演出でメリハリのきいた戦闘画面となっている。光源へのこだわりも絶妙で、大技を使った際にはそのキャラクターの真下からライトアップするという演出もバトルの迫力を高めているのだ。 敵をガードブレイクした瞬間に起こるスローモーション演出など、攻撃の”重さ”を感じさせる工夫がプレイヤーを気持ちよくさせてくれる事が分かる。

初期コンセプトが成功していたとはいえ、完成に至るまでの道は険しく長かったようだ。大量のオブジェクトを読み込む際のロード時間、豊富なマテリアル参照のメモリ問題、背景オブジェクト回転時のドット絵のつなぎ目問題……。中でも、キャラクターを動かす上でのドット崩れはキャラクター班が一枚ずつ手で修正したという。本作ではキャラクター1人が350スプライトの画像単位を持っている。そこからさらに、12のジョブパターン分が必要になる。聞いただけで目眩を起こしそうな画像数から、その工程の大変さが容易に想像できる。

そしてこうした重厚な世界観作りを陰で支えたのが、本作のメインプログラムを担当した渡邊氏だ。渡邊氏はUnreal Engine を学びつつ、その最適解に至るまで多くの試行錯誤を行った。さまざまな要素が含まれている本作は、そのプログラムも複雑になってくる。渡邊氏は試作品段階の状態のリファレンスビューア(プログラムの参照関係を可視化したもの)をスクリーンに表示。その要素数の多さは会場を圧倒していた。

特に筆者の目を引いたのはデバッグ部分。プログラムのボトルネックとなる部分を洗い出すデバッグ作業は、どうしても泥臭い「総当たり」の調査にならざるを得ない。本作には数えきれないほどのトライ&エラー、そしてチャレンジがあったのだという。ブループリントからC++への書き換え作業。FlipBook(キャラクターのパラパラ漫画のような画像データ)に必要なメモリの最適化処理。そして適切なタイミングでのGC(ガベージコレクション。メモリ解放)をこなし、ゲームを最適化させていった。

そのほかには、マップ切り替えや戦闘終了時などの画面暗転時。そのタイミングでGCを行う事でユーザーに画面のチラツキを一切感じさせない工夫がなされたという。我々がゲームをプレイしている時にはあまり意識しない画面暗転部分だが、その裏で巧みなプログラム処理が行われていたわけだ。

結果としてリファレンスビューアは驚くほど見た目のスッキリしたものとなり、ロード時間は13秒以上も改善される事となった。長時間のプレイでも決して処理落ちしない、強固なプログラムとなったわけだ。筆者自身、本作を長時間プレイしていて処理の重さを感じる事はなかった。膨大なフラグ分岐や独自システムのある本作でありながら、プレイ進行を妨げるバグには一切遭遇していない。渡邊氏の行った施策の成否は、もはや語るまでもないだろう。

体験版の時点から高い完成度になることを予感させていたが、数々の工夫とこだわりによって、更なる進化がもたらされたのだと、講演を聞くことで改めて感じられた。最先端技術への妥協なき研究、そして泥臭い人の手による作業。それらのケミストリーが、こうして多くの人の心を動かした『オクトパストラベラー』を完成させたのだろう。