「3DSをください」「『プチコン3号』をください」「お金はありません」 任天堂への直談判から始まった、ニンテンドー3DSを活用した授業づくりとは

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なぜ今の時代に「BASIC」なのか?

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大見先生:
実際、大阪府下の教員の研究会で本校の取り組みについて発表すると、良くも悪くも注目を集めますね。

――どんな感じの発表が多いんですか?

大見先生:
まさに小林さんが言われたように、プログラミング教育の必須化にむけて、Scratchを授業で取り入れてみましたとか。あとはアクティブラーニングを取り入れた情報教育をやっていますとか。それぞれの先生方で取り組みを紹介し合って、良いと思ったら真似してくださいという。

――ただ、BASICをやってます、という学校は他になさそうですよね。Scratchのようなビジュアルプログラミングが主流ではないかと思うんですが、BASICの良さってどんなところにあるんですか?

大見先生:
なにか画面上でブロックを並べても、それでプログラミングしている感じにならないんですよ。そうした教材であんまり生徒たちにとってはおもしろみがないんです。けっきょく子供たちは自分でゲームを作りたいんです。子供の頃から『ポケモン』をはじめとして、いろんなゲームに触れてきていますからね。自分も作ってみたい、自分ならこうしたい、という夢があるんですよ。

――なるほど。

大見先生:
ただ、いざゲームを作るとなったとき、最初からやりだしたらキリがないですから。そこで、とりあえずゲームっぽいプログラムを全部、手で入力しろと。命令の意味とか全然わからなくても、ちゃんと正確に「写経」すれば動きますし、そこでの達成感って大事だと思うんですよ。そういう意味でBASICなり、プログラミング言語の大切さ、「写経」の大切さが効いてくるんです。その時にニンテンドー3DSという、子供たちにとって一番身近な環境があって、そこでプログラミング言語が動くのであれば、それを使ったら良いやんという。それだけですね。

――それで、研究発表をしたら……。

大見先生:
「今の時代にニンテンドー3DS?」「なんでBASICなんですか?」とか。

――ああ、やっぱり(笑)

大見先生:
ただ、教員がこれからプログラミングを子供たちに教えようという時に、そんなに難しいプログラミング言語を指定されても、自分たちが習得できないじゃないですか。それなら一番ハードルが低いものがよくて、だったらBASICだろうと。それに『プチコン3号』であれば、PCという環境に依存しないですから。教室でもどこでも、好きなところでやれば良いですし。それにゲーム機だから、生徒達にとっても成果物の想像がしやすいんですよ。シューティングゲームだとか、RPGだとか。これがPCだと生徒達にしても、うわーっと夢が広がりすぎて、逆に収拾がつかなくなってしまうんですよね。

――ニンテンドー3DSと『プチコン3号』という組み合わせが重要というわけですね。

大見先生:
そうですね。PCで『プチコン3号』が動いても意味がないですし、ニンテンドー3DSでC言語が動いても、これまた意味がないんだろうなと思います。この組み合わせだから学習教材として良いわけで。

小林氏:
すばらしいですね。現場の教員にこんなふうに言われると、説得力がありますね。

――では最後に、ニンテンドー3DSと『プチコン3号』を用いた授業づくりというテーマで、一言ずつみなさんにコメントをいただいて、終わりにしたいと思います。まず眞壁先生から。

眞壁先生:
もともと小室哲哉やシンセサイザーを追いかけていたこともあり、音というものに関心があるんですよ。それがようやくニンテンドー3DSで、子供たちに一人一台の環境が提供できるようになってきました。音楽でも理科でもいろんなアプローチがあると思いますが、身の回りにいろいろな「音」があるということに、気づいてもらうための手助けをしたいですね。そのために今回作ったオシロスコープソフトがありますし、ゆくゆくはシンセサイザー自体も作りたいんです。実はプロトタイプはもうできているんですよ。

――それを『プチコン3号』で作られているんですよね。すごいですね。

眞壁先生:
はい、それらを使って、「良い耳」をもった子供たちを作りたいんです。実際、うちの学生に作曲をさせると、メロディ、コード、リズムは作れても、ベースが作れないんです。たぶん、うまく聞き取れないんだと思うんですよね。音楽の授業でも旋律を作曲することはあっても、音楽全体の構造は音楽鑑賞の授業でしかやってませんから。ミキシングをはじめ、音楽全体をこねくり回しながら創り上げるという経験は、まだまだ不足してると思いますので、なんとかして子供たちの手になじむシンセサイザーを作りたいんです。それを通して、音っておもしろいんだよというメッセージを伝えていくのが、自分の野望ですね。そのための礎として、今回は授業をやっていただいて、ありがたかったです。

大見先生:
たぶん、なんで『プチコン3号』で、オシロスコープソフトで、この授業なんだと、多くの方が思われていると思うんですよ。なんでこの3つが繋がるのかと。僕の中で今日、確信に変わったことがあります。

――おお、それはなんでしょうか?

大見先生:
今日「物理基礎」の授業を受けた子達の中で、3年生になって僕の「パソコン演習」の授業を取ってくれた子が一人でも出てくれたら良いなということなんです。そうしたら「えっ? あの時のオシロスコープソフトって、プログラミングできるの」と気づいてくれると思うんですよね。そうなったら、もう勝ちかなと。オシロスコープソフトは店で売っているものではなくて、自分たちで作ることができるもので、そのための環境も泉尾高校にあるんだと。その上で実際にオシロスコープソフトをプログラミングしようと思ったら、森井先生の授業を思い出したり、教科書をもう一度開いてみたりしないと駄目で、それらを通してプログラミング教育が総合的につながるんじゃないかと思うんです。

――今日の生徒たちは2年生で、大見先生が担当されている「パソコン演習」は3年生の選択授業ですから、その可能性はかなりありますね。

大見先生:
そんな風にして、一人でもプログラミングに興味を持ってくれる子が出たらいいですね。「うわーっ、あの時のオシロスコープソフトって、こんなプログラムで動いていたんだ」「これって、自分たちでも作れるんだ」みたいに。

森井先生:
僕の場合は化学が専門なので、生徒達に「本物を見せたい」という思いがあるんです。今は教科書もカラー印刷になって、大判になって、いろんな写真や資料が綺麗に印刷されていますしね。それでも教科書からは匂いもしませんし、実験をやっても環境が変われば結果も違いますし。今日の授業でいえば、生活の中でいろんなノイズが発生していて、僕らはそれを自然と取捨選択して生活しているんですよね。しかも単純な音でも、それらが互いに絡み合うことで、「うなり」のように、いろんな音に変わる。そんなことを少しでも感じてもらえれば良いなと思って授業をしてみました。

――ちなみに来年の音の授業では、こんなふうにしたいという思いはありますか?

森井先生:
実は来年は二年生で「物理基礎」の授業が開講されないんですよ。だから次回、ニンテンドー3DSで音の授業をやるとしたら、再来年の話になります。今の1年生が3年生になった時、選択科目として開講されたら可能になります。

――では企業サイド側で、徳留さんとしては、今日の授業はどうでしたか?

徳留氏:
正直な話をすれば、今日の授業を生徒が理解しようが、しまいが、企業サイドとしては、あんまり関係ないんですね。むしろ、そんな生徒達に対してこれだけたくさんの大人達がかかわって、簡単にボーダーラインを越えている状況を作れたことが良かったですね。

――「ニンテンドー3DSで授業、やればいいやん」みたいな話ですね。

徳留氏:
はい、実際に泉尾高校は数年後に近隣の大正高校と併合されるということで、今日も大正高校の先生方が数名、視察に見えられていたじゃないですか。そんな風に多くの大人達が生徒達を心配して見てくれていたわけで。そうした環境ができたことで、生徒達も何かしら「普通じゃない」雰囲気を感じ取ってくれていたと思うんです。別の学校でやりたいけれど、いろんな理由でできていないところがあったら、泉尾高校の事例を参考にしてもらいたいですね。

大見先生:
こんな学校でも……「こんな」といういい方をしたらアレですが、ちゃんと実現できました。

徳留氏:
この授業を自分の目で見ましたので、自信を持って他の方々にアピールできます。

――それでは最後に小林さんに締めていただいたら。

小林氏:
まとめですか……。僕らは今後もこんなふうにBASICを作っていく会社として、今日の体験もふくめて、より使いやすい環境をつくっていく必要があるなと、あらためて思いました。

――そもそも論として、なぜゲームではなく、BASIC言語を作られたんですか?

小林氏:
プログラミング言語を作りたくて、プログラマーにとっては、わりと珍しい話ではないと思うんです。ゲームを作るって、仮想世界の神様みたいなイメージがあって、そのもとになるプログラミング言語を作るって、まさに創造主みたいなものじゃないですか。

――「はじめに言葉ありき」(新約聖書「ヨハネによる福音書」第1章から)ですね。

小林氏:
実際に僕らの世代では、いろんなバージョンのBASICを自分たちで創り上げるプログラマーがいました。ハドソンもHu-BASICなどを作っていましたよね。今でもゲームエンジン上で動作するスクリプト言語を作るプログラマーがいます。

――SmileBASICを作られたのは、それを通して次世代のクリエイター教育に貢献したいという思いもあるんですか?

小林氏:
あります。自分もやっぱりBASIC世代ですからね。実際、BASIC自体は悪くないと思いますし、ゲーム業界の第一線で活躍されている開発者も、同じようにBASICからはじめた人がたくさんいます。マイクロソフトもBASICで大きくなりましたよね。なぜ他の言語ではなくてBASICだったのかというと、実はBASICはコンピュータにとって非常に適していて、コンピュータに近しい言語だったからじゃないかと思うんです。

――なるほど。

小林氏:
そこの良さをずっと活かしつつ、我々はゲーム会社でもありますので、将来的に「BASICなんてマスターしても仕事に使えない」というツッコミに対して、「いや、BASICをマスターすればゲーム開発の仕事ができます」という状況にまで、現状を変えていきたいですね。うちらはそれにむかって、じわじわと攻めていくつもりです。

――まさに、ベーシックマスターですね。思わず「日立!」と叫びそうになりました。

小林氏:
実際BASICをやっていてよかったなあと思うのは、Twitterで「息子や娘がニンテンドー3DSで変なものを入れていて、よく見たらBASICだった。これなら私でも教えられる」という書き込みを見たことです。実際、何件もあるんですよ。こちらからフォローすると「家にあったコンピュータには、BASICしか入っていませんでした」という話も聞きました。2020年になって、BASIC世代が小学生の子供を持つ親御さんになっているんじゃないかなあと思うと、『プチコン3号』なりSmileBASICは、けっこう良いんじゃないかなと思います。BASICはなくならないほうがいいと思いますし、どうにかして維持し続けたいですね。

――それも、北の国から(スマイルブームの本社は札幌)。

小林氏:
はい、がんばります。

 

[聞き手・写真撮影 Kenji Ono]

【UPDATE 2016/10/14 20:40】 画像を差し換えました。

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1971年生まれ。関西大学社会学部卒。「ゲーム批評」(マイクロマガジン社刊)編集長などを経てフリーランスのゲームジャーナリスト。GDC、E3をはじめ、国内外のゲームイベントへの取材・レビュー・インタビュー記事、書籍執筆、講演など、幅広く活動している。NPO法人IGDA日本名誉理事・事務スタッフ。主な書籍に「ゲーム開発者が知るべき97のこと②」(編著)がある。