去る7月31日。考古学者が主人公のメトロイドヴァニア系アクションゲーム『LA-MULANA 2』がPC向け(Steam/PLAYISM)に発売された。2014年のKickstarterから4年半の歳月を経ての待望のリリースだ。これは前作未体験どころかサイドスクロールアクションに疎い筆者が、一切の予備知識なしに『LA-MULANA 2』をプレイした無謀な挑戦の記録である。

 

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筆者は『スーパーマリオブラザーズ』の1面をクリアしたことがない

前作『LA-MULANA』は“ガチACT 遺跡探検考古学アクションゲーム”と銘打たれているとおり、高難易度のゲームとして知られている。高難易度のメトロイドヴァニア系ゲームというのは、実は私にとってもっとも縁がないジャンルである。ゲームライターの末席を汚す身でありながら敢えて明言することでもないのだが、実は私は『スーパーマリオ』の1面をクリアしたことがない。ゲーム機を買ってもらえない幼少期を過ごした私は、大人になってアルバイトをして初めてゲームに触れた。

ゆえに『VVVVVV』や『Super Meat Boy』をプレイしたことはあっても『スーパーマリオ』の1面をクリアしたことがないのである。私は横スクロールアクションゲームの“お約束”というものを全く知らないし、『LA-MULANA』がMSX風ゲームであるといわれても、ピンとこないというのが正直なところなのである。そういったこともあって、私は前作『LA-MULANA』を所持しているものの未プレイのまま“積みゲー”にしてしまっていた。これから書くのは、そういう“横スクロールアクションど素人”のプレイ体験だということを、まずご容赦いただきたい。

 

そうだ! 考古学者に必要な知識から身に着けよう!

本作攻略に当たって、私がまずやったことは考古学の知識を身に着けることである。本作は敵との戦闘もさることながら、謎解きの難易度が高いと評判だ。考古学の知識を身に着けておくことは、ゲームをプレイする上で決して無駄にはならないはずである。

攻殻機動隊の草薙素子が「ネットは広大だわ」と言ったとおり、ネットは本当に広大だ。ネット上には「考古学者を目指す人のための情報サイト」なるものが存在する(職業サイトCareer Gardenのいちページのようだが)。私はさっそく考古学者になるための心得を学ぶことにした。考古学者を目指す人のための情報サイト「考古学者の仕事」によると、考古学者に必要なこと、求められることは次のとおりだ。

・日々努力を続けること
・夢を持つこと
・謙虚な気持ちで人と向き合うこと
 

――深い。考古学者という職業に必要なのは夢と努力と謙虚さなのだ。

 

いざ遺跡探検へ!

考古学について学んだ私に、もう恐れるものはないはずだ。遺跡探検の旅へ出発である。本作の主人公ルミッサ・小杉は、中折れハットをかぶり鞭をビシビシ振り回す魅力的な金髪女性だ。失われた聖櫃を発掘したジョーンズ博士やフランシス・ドレイク卿の子孫とかいうくたびれた中年ではない。セクシーさがあふれている。俄然やる気が湧いてくるというものだ。

ゲームをはじめると、目のまえに障害物が立ちふさがっている。どうやら甕かなにかのようだ。鞭で叩き割り先へ進むと、“旅立ちの村”が出現する。旅立ちの村へ足を踏み入れると、目のまえには白く輝く城や老人が出現するが、無視して先を急ぐ。女性が立っているので接近すると強制的に会話がはじまった。女性――ネブルは私に「ハンディスキャナは必需品でぇす。もう買ってますかぁ?」と問いかけてくる。ちょっとだけサイコパスな私は、間髪入れず「もちろん!」と嘘でごまかし、事なきを得た。「買ってますか?」といわれてもどこで買えばいいのか見当もつかない。この先どこかで買えるのだろうと頭を切り替え、遺跡へと進む。

歩みを進めた私は、いきなり穴へと落下した。遺跡の入り口で、いきなり落下である。なるほど、これが『LA-MULANA 2』の手荒い洗礼ということか。しかし「あ、これは死んだな」という長い落下時間の後、意外にも私は生きていた。いまにして思えば“難易度が高いアクションゲーム=落下したら死ぬ”と思い込んでいた私の経験則は、既にこの時点でまったく役に立っていなかったのだ。

 

落下した場所から出られない

落下した場所は建設現場によくある足場で区切られていて、私はそこから外に出られなくなってしまった。もちろん落ちてきた崖上の村にも這い上がることは出来ない。私は遺跡探検にでかけた途端、進行不能に陥ってしまった。Steamコントローラーを手に困り果てていると、見かねた長男が助けに来てくれた。

「上に足場があるじゃん。空中でスティックを右に動かせばいいだけじゃないの」
長男の言葉に促されるまま、私はジャンプしてスティックを右に動かした。すると、なんということだろう。主人公ルミッサは華麗に空中で身をひるがえし、さっきまで頭上だった足場に無事着地したではないか!
「え? こんな物理法則を無視した動きしていいの? っていうかなんの説明もなかったんだけど、それって常識なの?」
「常識でしょ」

長男に冷たく突き放されたものの、おかげで窮地を脱出できる希望がわいてきた。しかし、上には登れるようになったが、依然として斜めの足場が邪魔で落ちた場所から遺跡の中へ進むことが出来ない。ゲームをはじめて30分ほど経過しただろうか。私はひとつの決断を下した。――リセットを敢行するしかない。再度ゲームをはじめると、今度は閉じ込められないように、穴のやや右側へと飛び込んだ。しかし、結果は変わらず。二度目の挑戦でもやはり遺跡の中へ進むことは出来ず、すぐにリセットとなってしまった。

二度目のリセットを行った私は、街娘ネブルに三度目の再会を果たしつつ、ある重大なことに気づかされた。ネブルは何度も私に「ハンディスキャナは必需品でぇす」と言っているではないか。必需品とはすなわち、“絶対に必要なもの”のことではないか。“旅立ちの村”を素通りして遺跡に入ってはいけなかったのだ。このあたりでようやく私は、「このゲームでは忠告を無視してはいけない」という原則を学習した。そして村をさまよううちに「このゲームは調べるべき場所であっても“Aボタンのアイコン”がポップアップして知らせてくれるような、現代的仕様ではない」ことを知ったのだった。アイコンはポップアップしないが、スティックを上にするだけで店に入れたからだ。MSX風ってそういうことなのか、などと思いつつ、こうして私はハンディスキャナを無事購入し、なんとか遺跡の中に進むことが出来たのだった。

 

あれ? 意外に敵が弱い?

――遺跡の中に入れば次々に敵が襲い掛かって来るにちがいない。情け容赦ないゲームを覚悟していた私は、すぐに拍子抜けすることになった。遺跡の中の敵といえば、おもにコウモリ、たまにガイコツ、ラタトスクという少しだけ強い敵がいるだけなのだ。これは後で知ったことなのだが、じつはこの最初のエリアは本編イグ・ラーナ遺跡ではなく、ラ・ムラーナ遺跡――ただの観光地だった。敵を倒して回り宝箱を開けアイテムを入手したものの、本編であるイグ・ラーナ遺跡へ入る方法がわからず、私のプレイはまたも停滞を迎えてしまった。

困ったときは基本に立ち返ることだ。私は考古学者を目指す人のための情報サイト「考古学者の仕事」を再度熟読することにした。そこには以下の一文が書かれていた。

“有名な考古学者たちも、何年、何十年という長い時間をかけて研究を続け、ようやく成果が出たという人が大半です。考古学の世界では、少し勉強すればすぐ有名になれるというわけではないのです。”

私は思った。「まじでか」と。私は甘かった。ちょっとぐらい情報サイトを読んだぐらいで攻略できるほど、考古学の世界は生易しくはないのだ。

 

助手を雇う

私はツタンカーメン王墓を発見したハワード・カーターのことを思い浮かべた。
「そういえばカーターは大勢の仲間や助手を引き連れて発掘をしていたではないか。(のちに不遇の死を遂げちゃうけれど)」詰んだ私は、助手として次男を雇い入れることにした。次男は幼稚園時代に近所のショップの『New スーパーマリオブラザーズ』大会で中学生を蹴散らし優勝した経験を持つ、経験豊富な横スクロールアクション・ゲーマーである。遺跡攻略にきっと役に立つはずだ。

次男はコントローラーを握ると、ゲームがはじまると同時にアスリートが準備運動でもするがごとく、各ボタンの役割を確認した。そしてジャンプするや空中で左右に飛び回りつつ「なるほど、空中で動けるのね」とつぶやいた。
「え? 俺、それに気づくのに30分かかったんだけど」
茫然自失の私に、次男が言った。
「マリオでも常識でしょ」
やはり常識なのか。次男の視線が心なしか冷たい。

 

ゲーム脳の有無が攻略に直結する

冷静な目で他人のプレイを見ていると、気づかされることがたくさんある。次男のプレイを見ていてわかったのだが、よく観察すると、城のまえで老人が中へ入るよう促していることがわかる。一瞬のことなので私はそれを見逃していたのだ。次男は城に入ると、長老ゼレプドから自作つぶやきソフト「ゼルプッター」を入手した。ゲーム攻略のヒントとなる重要なアイテムだ。

他にもちゃんと観察すると、旅立ちの村には光り輝くセーブポイントがある。私はそれを「なんだろう?」と思いながら見過ごしていたため、遺跡中のセーブポイント以外でセーブすることが出来なかった。さらに観察すると、村にはホットスパの看板があるのが見て取れる。プレイヤーの位置からは見えないが、左に進むと体力が回復できる温泉が存在したのだ。しかし場面転換した位置からはそれが見えない。見えないので、これまで私は自然と「入口」と書かれた看板の矢印につられて右へ進んでしまっていた。こういった心理誘導は随所に仕掛けられており、このゲームの情報開示のフェアなところであり、嫌らしいところでもあると思う。情報は示されているにもかかわらず、盲点になっているのだ。

現在アニメが放送中の漫画「ちおちゃんの通学路」には、作中に通学途中の主人公が通学路にある電柱を見て、電柱を登り屋根へと飛び移れば工事中で行き止まりになっている障害を避けて通れるのではないか、と直感する場面が描かれている。そういった妄想的直感はゲーマーなら誰しも経験があることと思われる。「ちおちゃんの通学路」ではそれを「ゲーム脳ってヤツかしら……」と表現している。ここではゲーム脳という言葉が、その言葉が広く知られる発端となった森昭雄氏の著書「ゲーム脳の恐怖」とはまったく異なる意味で使われている。

『LA-MULANA 2』をプレイするうえで、私が詰んでしまった理由の一つは、まさにこのゲーム脳の欠如だった(もちろん、ゲーム脳の定義は「ちおちゃんの通学路」の方である)。クラシック2Dアクションゲームのプレイ経験がまったくない私には、ゲーム内に散りばめられた“情報”や“ヒント”を読み解く力がなかった。経験から類推する力――いわゆる“ゲームのお約束”を読み取る力が欠如していたのだ。

私は過去にも、ゲーム脳の欠如によって苦労したことが何度もある。ボス戦で“黄色いところが弱点”であるとか、“目が弱点”であるとか、そもそも“どこかに必ず弱点がある”ことが読み取れず、どれだけ苦労を重ねてきたことだろう。そんな私と違って、次男はYボタンがポップアップしなくてもちゃんと看板を読むし、NPCに言われなくても店に入り、マップを手に入れ、SNSアプリでヒントを得ながらすいすいと進んでいく。

ゲーム脳を持たない古い人類である私と比べると、生まれながらにゲーム脳に恵まれた次男は、まさにニュータイプにしか見えない。「なんでわかるの?」と訊ねても「怪しそうなところはだいたいわかるじゃん」という返事しか返ってこないのだ。まさに直感なのだろう。――これがゲーム脳か、と感心せざるを得ない。

 

ゲーマーを挑発するフェロモン

遺跡へ足を踏み入れると、次男は壁画を観察した。私が穴に落下した遺跡の入り口には、じつは壁画があり、調べるとちゃんと「飛び降りないでください」と書かれていたのだ。理不尽さは微塵もなく、プレイヤーに対してフェアなゲームだということがわかる。私はいきなり落下してしまったが、ここでは飛び降りるのではなく、鉄骨部分を伝って降りるべきだったのだ。

鉄骨をスルスルと降りていったものの、次男も私がハマってしまったのと同じ場所に降りてしまった。私が足場でふさがれて進行不能になった地点だ。ここはさすがに苦労するだろうという私の予想は、しかし簡単に覆されてしまう。次男は簡単に足場から脱出してしまった。「どうやったの?」と訊ねると、次男は小さな鉄骨を指し示し、そこから登って出てこれるのだと教えてくれた。私は気づかなかったが、確かにそこには足場に囲まれた鉄骨があった。しかし私は、プレイした時にそれが梯子の役割を果たしていることに気がつかなかったのだ。

「なんでそんな小さな鉄骨に登れるって気づくの?」
「最初に鉄骨を降りるようにマップがつくってあるじゃない。だから、そこで鉄骨は昇り降りできますよって学習できるようになってるでしょ?」

言われてみれば次男は頭上の鉄骨を降りてきたではないか。なるほど。プレイヤーに自然に鉄骨は登れると学習させる優れたレベルデザインになっている。いや、もちろんゲームライターである私が、そのレベルデザインの妙に気づかないはずがない。いや、はずがないのだが――いきなり落下した私はそのことにまったく気づけなかったのだ。

地下へ地下へと遺跡を進んでいくと、二度読んではいけないという呪いの石碑が現れる。読むべきか読まざるべきか。まさにゲーマーの心を引き裂く、心揺さぶる決断を迫られる場面だ。私はここでは忠告に従い、読まないことを決断した。しかし、次男の決断は「即座に読む」だった。読んでしまうと何が起こるのか、結末についてはご自身の目で確かめていただきたい。

私が次男に助手を依頼したのは、どうやったらイグ・ラーナ遺跡に辿りつけるのか、万策尽きたからだった。私は、ゲームの登場人物の一人である賢者フォボウスから「“子供の像”を調べてみるといい」と助言を受けたのだが、いくら調べても先へ進むヒントを得られなかったのだ。果たして助手は、私が解けなかった謎を解けるのだろうか。結論からいうと、助手である次男はあっさりとイグ・ラーナ遺跡への道を発見した。驚いたことに、私が発見できなかったイグ・ラーナ遺跡へ行く方法とは“子供の像”を破壊することだったのだ。

「いやいやいやいや、考古学者が貴重な像をぶっ壊したら駄目じゃん。ぜったい駄目じゃん」
「いやー、これは壊すしかないでしょ」
「破壊していいの? なんで破壊できるってわかっちゃうわけ?」
「攻撃したらちゃんとエフェクトが出てるじゃんか。つまり壊せるっていうことでしょ」

壊せるものは、とりあえず攻撃してみる。これがゲーム脳か。私にはまったくその発想は浮かばなかった。イグ・ラーナ遺跡への門をくぐると、ようやくオープニング・タイトルが流れ出す。前述したとおり、ゲームはようやくここから本番なのだ。

 

そして本編へ

イグ・ラーナ遺跡に足を踏み入れると、今度こそさまざまな敵が出現する。釣り天井が落ちてくることもあるし、光線を浴びて死ぬこともある。おなじみの針の筵(むしろ)も登場するが、意外なことに本作ではジャンプしたりせず通り抜けるだけなら、突き刺さってダメージを受けることはない。ここでも『VVVVVV』で得た私の経験は役に立たなかった。イグ・ラーナ遺跡にも慣れてきたところだが、いま私はとあるアイテムが発見できずに途方に暮れている。ちなみに、何度も引用した「考古学者の仕事」には、考古学について次のような説明がある。

“決してゴールのない学問だからこそ、やりがいもあるというものです。”

悪い予感がする言葉だ。もしかして、この遺跡探検にゴールはないのだろうか? いや、そんなわけはない。ゴールはどこかに必ずあるはずだ(だってゲームだもん!)。なんといっても考古学に大切なことは“日々努力を続けること”なのだ。

このゲームの楽しさは遺跡攻略過程における“発見”にあるといえるだろう。攻略法の“発見”は、まさに古代の秘宝を“発見”しようとする考古学者のロマンに通じるのではないだろうか。『LA-MULANA 2』では、ゲーム内のSNSアプリやハンディスキャナ、あるいはNPCの言動やエフェクト、壁に刻まれたレリーフなどを通じて、攻略のヒントが開示される仕組みになっている。

何度も書くが、ヒントは開示されているのだからフェアなゲームなのだ。しかし「ここでは三角ボタンを連打だよ」と教えてくれる現代的な――ある意味生ぬるい――ゲームではない。そのヒントの読み取りには、一定の“ゲーム脳”が要求される。『LA-MULANA 2』はそういった“ゲーム脳”を駆使し、ヒントを逃さず自分のものにしていきながら、遺跡を攻略していくゲームなのだ。ゲーム中にはいまにも崩れそうな巨石のように“ゲームの腕に覚えがある人”を挑発するフェロモンがそこかしこに充満している。ゲーム脳を持っているゲーマーには、それをどうするべきか直感が働くはずだ。そういう腕に覚えのあるゲーマーにとっては、このゲームは楽園といえるだろう。問題は、そのフェロモンを嗅ぎ取れるかどうかなのだ。

結びに

「考古学者の仕事」には、こう書かれている。

“一人前の考古学者への道はとても長く、険しいものと考えて努力をし続ける必要があります。”

『LA-MULANA 2』攻略にあたっていま私に必要なのは、(考古学の知識ではなく)ゲーム脳を鍛える努力なのだ。

最後に『LA-MULANA 2』攻略の示唆に富んだ格言をご紹介して、この記事の締めくくりとしたい。19世紀にもっとも影響力を持った考古学のテキスト「前史時代:古代遺跡と、現代の未開人のマナーと習慣による描写」を執筆したイギリスの考古学者、ジョン・ラボックの言葉だ。

“他人と比較して他人が自分より優れていたとしても、それは恥ではない。しかし去年の自分より今年の自分が優れていないのは、立派な恥だ。”
 

明日の私は、きっと今日の私よりうまく攻略できるはずだ。

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